重ね描き日記(rmaruy_blogあらため)

読書メモ、探究メモなど。

今年読んだ本で振り返る2017年

年末がやってきた。

一年早かったなあと例年思うわけだけど、今年はその「一年早かったなあ」という思いすらまだ湧き上がってこない。

でも、出来事を一つずつ思い出していくと、1年間がそれなりに厚みのある時間に思えてくるのは不思議なもの。

自分の場合、その「一つ一つ出来事」は、ほぼイコール「読んだ本の1冊1冊」になるわけなのだけど。

というわけで、今年も読んだ本を挙げていきながら1年を振り返り、(若干無理やり?)2017年を締めたい。

 

ちなみに昨年の振り返りがこちら:今年読んだ本で振り返る2016年 - rmaruy_blog

 

*以下、今年私が読んだ本を紹介しています。今年がどんな年だったかを考えるのも目的の一つなので、「2017年に発行された本」に限定しました。(洋書の場合は原著か翻訳書のいずれかが今年刊行なら入れています。)このブログで取り上げたものはリンクを張っています。

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人工知能ブームはどうなったか

2015~2016年あたりに巻き起こった「人工知能ブーム」は、おおかたの予想通り沈静化してきた。シンギュラリティ論を論駁した『そろそろ、人工知能の真実を話そう』(ジャン=ガブリエル ガナシア)、機械学習アプローチの限界を小学生にもわかるお話に仕立てた『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』(川添愛)など、今般のAI技術の「本当のところ」を伝えようとする本が目立った。東大入試合格を目指していた「東ロボくん」プロジェクトが、逆に人の読解力の低下を問題視する方向に舵を切ったのも象徴的だった。

しかし、「AIが人間を超える」ことは当分ないとしても、それとは別の仕方でAI(というよりはビッグデータ)の影響は脅威となりうる。昨年の大ヒット『サピエンス全史』の続編にあたる『Homo Deus』(Yuval Noah Harari、読書メモ) では、「データ」とアルゴリズムによる判断が個人の意思よりも優先される「データイズム」の時代の到来が予言された。『atプラス32 人間の未来』(吉川浩満 編集協力)などを読んでも、「人間はどう変わってしまうのか」という問題意識が国内の人文系研究者のあいだでも共有されていることがうかがえた。

警戒するばかりではなく、むしろアルゴリズムの力を積極的に生活に取り入れてみようと提案するのが『アルゴリズム思考術』(B. クリスチャン&T. グリフィス、読書メモ:再掲)。こまごまとしたパソコン仕事をPythonでちゃちゃっとこなす術を指南する『退屈なことはPythonにやらせよう』(Al Sweigart、読書メモ)は画期的だった。データイズム化していく世界で主体性を保つためには、プログラミングやアルゴリズム思考は必須の教養になっていくのかもしれない。

いろいろとマズそうな日本

今年はアメリカではトランプ政権が誕生し、北朝鮮の情勢が危ういと聞かされ続けた。日本でも、負けず劣らず不可解なことがいろいろと起こった。立案の真の目的がよくわからないいくつかの法案、政権延命の戦術として行われた解散総選挙、行政のなかで原則を逸脱した何かが行われたらしい事案。何かおかしいと思っても、周りの人たちとそういう話をしづらい雰囲気がある。そのなかで、歴史学・経済学・政治学を横断しながら今の日本を考察した『大人のための社会科』(井手英策ほか)は、社会についてみんなで考えるきっかけにしたい本。

日本の企業にもいろいろと問題が発覚した。『東芝解体 電機メーカーが消える日』(大西康之)を読むと、東芝をはじめ電機メーカの苦境の構造的要因がよく分かった。『衰退の法則』(小城武彦、読書メモ)は、企業が腐敗していく要因としてどちらかというと属人的な面に着目し、学術研究としてまとめた一冊。自分のいる出版業界も相変わらず岐路に立っている。新旧のメディア業界で頑張る人々を取材した『なぜアマゾンは1円で本が売れるのか』(武田徹)、事業縮小中の大手出版社を舞台にした社会派エンタメ小説『騙し絵の牙』(塩田武士、読書メモ)の2冊は、出版ビジネスの新しい形を示唆していて目を開かされた。

大学も、来年には「2018年問題」に直面し、ますます生き残りが厳しくなる。『工学部ヒラノ教授の中央大学奮戦記』今野浩読書メモ)は私立大学の変化の一端がわかる一冊だった。

個人に目を転じると、匿名の文筆家による自伝的エッセイ『夫のちんぽが入らない』(こだま)では、夫との性生活の不全に象徴される、社会と適合できないゆえの様々な辛酸が描かれた。著者のような表現力を持たないだけで、同じような違和感をもって生きている人はたくさんいるかもしれない。『かがみの孤城』(辻村深月)は何らかの事情で学校に行けなくなった子供たちが登場する児童小説。この作品では、心ある大人がうまいこと彼らを導くが、現実もそうであればよいと思わされる。

行き詰まった会社、業界、人生が、今の日本にはなんと多いことか…。自室にこもって本を読んでいるだけでも、その一端がわかる。

科学者たちの野心

科学者たちが、普段の専門の研究とは別に、積極的に自分の分野を超えて発言しようとしていると感じる。『時間とはなんだろう』(松浦壮、読書メモ)は、素粒子物理学者が「時間」を軸に現代物理学全般を案内した一冊。『Your Brain is a Time Machine』(Dean Buonomano)ではさらに、時間の心理的神経科学の最先端を紹介し、「人間は時間をどこまで理解したか」がまとめられている。『物理学は世界をどこまで解明できるか』(マルセロ・グライサー、読書メモ)は、物理学者が「自分は物理学で何を知りうるか」に答えを出そうと格闘した一冊。『この宇宙の片隅に』(ショーン・キャロル、読書メモ)も同様に、生命も意識も道徳も社会もすべて一つの自然科学的世界観で描いて見せようという、野心作。その点、『佐藤文隆先生の量子論』(佐藤文隆読書メモ)での佐藤先生は、ショーンやグライサーの何周か先を行っている(と個人的には思う)。

無意識の行動から「どの政治的スタンスをとるか」にいたるまで、あらゆるスケールの人間の行動を生物学的に説明しようとした『Behave』(Robert Sapolsky、読書メモ)も、これまた大作だった。

ディープラーニングの延長線上にシンギュラリティがあるとは思われなくなってきた一方で、「AI×脳科学」の研究は着々と進んでいるように見える。意識研究が「コンピュータと人間の脳をつなぐ」という方法を真面目に議論している『脳の意識 機械の意識』(渡辺正峰、読書メモ)は衝撃的だった。

最後に、 『パパは脳研究者』(池谷裕二)には、専門知識を駆使してわが子の成長を楽しもうという限りなくbenignな科学者の「野心」が滲み出ており、温かい気持ちになった。

科学と共闘する哲学・メディア

時間、意識、社会など、あらゆる方面に関心を広がる科学に対して、哲学はどう応答したか? 「科学の暴走を食い止める」というよりは「一緒に前に進もう」という立場の本が今年は目についた。『自然主義入門』(植原亮、読書メモ)はずばり科学と哲学の共闘を掲げる「自然主義」の入門書。『現代思想12月増刊号 分析哲学』では、最先端の話題をつまみ食いしながら、分析哲学の何たるかを知ることができた。科学者が使うシミュレーションやモデルとは何なのかを議論した『科学とモデル』(マイケル・ワイスバーグ、読書メモ)は、科学者へ自分たちの方法を振り返る際の枠組みを提供する内容だった。専門家集団のなかで知識を磨くことの意義を論じた『我々みんなが科学の専門家なのか? 』(ハリーコリンズ、読書メモ)も、広い意味では科学へのエールと言えそうだ。

数学はなぜ哲学の問題になるのか』(イアン・ハッキング新刊紹介メモ)は、なぜある種の哲学的テーマが「そもそも問題になるのか」という問いの立て方が可能であることを教えてくれた。また『科学報道の真相』(瀬川至朗、読書メモ)では、メディアが科学をよりよく伝える方法が提言された。

科学、哲学、科学論、メディアは、以前よりも密に相互を参照し始めているように思える。来年以降、どんな展開になるか楽しみだ。

 「勉強」することに立ち返る

いままで僕ら日本人が前提にしてきた比較的安定した政治的・経済的状況は崩れ始めている。学問の世界では、これまでの分野の垣根が取り払われ始めている。そうしたなか、あらためて「勉強」の価値、それも誰かに言われてやる目先の勉強ではなく、自発的に始める「深い勉強」の価値が問い直される時代になっている。

正しい本の読み方』(橋爪大三郎)は、自分の頭で考えるための本の読み方を指南する。さらに深く「深い勉強」について考察しているのが『勉強の哲学』(千葉雅也、読書メモ)。勉強の負の側面にも触れたうえで、デメリットを抑え込むための方法を考案している斬新な一冊だった。『工学部ヒラノ教授のはじまりの場所』(今野浩読書メモ)は、昭和初期のエリート少年たちの姿を描いた貴重な実録。戦後の日本社会を作った世代も「深い勉強」で力を蓄えていったことがわかる。

「AI時代の学び」という最初のテーマに戻ると、『自動人形の城』(川添愛、読書メモ)は示唆に満ちていた。人間と(今の)AIを隔てる最大の能力は「言語を操る能力」だということ、どんな勉強も「言葉」から始まる。

年内ぎりぎりに読了した『文学問題(F+f)+』山本貴光)は怪書。物理学者たちの描き始めた「ビッグ・ピクチャー」とは別の仕方で「すべてを描いてみよう」という野心に満ちており、自発的な勉強の極致を見せつけられた1冊だった。

 

勉強をする人々に触発されて、今年は自分なりの勉強を二つしてみた:

探究メモ:脳科学は記憶の仕組みをどこまで明らかにしたのか〈第8回(最終回):まとめ〉 - rmaruy_blog

思考整理メモ:科学コミュニケーションから考える量子力学の解釈問題(後編) - rmaruy_blog

まだまだ浅いが、まずは1歩を踏み出せたことで良しとしよう。

今年の一冊!

今年最も心を動かされた一冊として、『かくて行動経済学は生まれり』(原題:The Undoing Project、マイケル・ルイス)を挙げたい。リチャード・セイラ―氏のノーベル賞受賞に象徴されるようにだいぶ普及してきた行動経済学だが、その礎を気づいた二人の心理学者の物語。どんなに学問も、誰かが何かの問題意識をもって始めた「勉強」にルーツがあるということに立ち返らせてくれた。 

rmaruy.hatenablog.com

 

行動経済学に触れたついでに、『スター・ウォーズによると世界は』(キャス・サンスティーン、読書メモ)も触れておく。今年は「最後のジェダイ」の公開で幕を閉じた一年でした。