rmaruy_blog

読書メモなど

読書メモ:Behave(Robert Sapolsky著)

 

Behave: The Biology of Humans at Our Best and Worst

Behave: The Biology of Humans at Our Best and Worst

 

「なぜ私はどうでもいいことで怒ってしまうのか?」「あの人はなぜ浮気をしたのか?」「トランプ大統領を支持する人がいるのはなぜか?」――人間の行動に関するこうした「なぜ?」を、科学的に説明したいという欲求は根強い。じっさい、神経生理学・分子生物学発達心理学・進化生物学など様々な分野の専門家がそれを解明すべく研究しているし、「あなたのその行動は、○○が原因なのですよ」という本もたくさん出ている。この「○○」には、「神経細胞」「ホルモン」「遺伝子」「幼少期の体験」「進化的に獲得された本能」など、それぞれの分野のキーワードが入る。

でも、人間の行動の原因は決して一つではない。本来は、脳細胞の活動「も」、ホルモンの分泌「も」、幼少期の経験「も」、親から受け継いだ遺伝子「も」、すべてが複雑に組み合わさって行動が生まれる。なので「人は○○が9割」ということはありえない。

"Behave: The Biology of Humans at Our Best and Worst"は、そうした多階層にわたる「行動の科学」を、一挙に見渡すことを目指した本である。その壮大な構想にふさわしく、800ページ(ハードカバー版)というボリューム。著者Sapolsky氏は神経内分泌学と霊長類学の二足のワラジを履く研究者で、アフリカの野生のヒヒ(baboon)のストレスホルモンを調べた研究などが有名な人らしい。

前半部は、行動を説明する諸科学のレビューになっている。行動が起こった時点から、時間を遡っていく。動物(人)のある行動の直前には、まず、それを引き起こした脳細胞の活動がある。その脳活動は何らかの感覚刺激で引き起こされる。その刺激応答はさらに、数時間前の脳内のホルモンの分泌状況に左右される。脳細胞の配線は数日~数か月のスパンの神経可塑性のはたらきで決まり、さらにはその個体(人)が生まれてからの経験に依存する。そして、経験以前に、生まれ持った遺伝子がその個体の行動の傾向を左右する。さらに、人間(一部の動物も)の行動は数百年単位で蓄積された文化の影響を受ける。最後に、文化よりさらに長いスパンで遺伝子そのものを変化させる生物進化のプロセスがある。本書2章~10章は、神経生物学、内分泌学、神経可塑性発達心理学、遺伝学、文化論、進化論が取り上げられ、各領域で動物や人間の行動について明らかになっている結果が紹介されていく。

後半部は、こうした行動の生物学(心理学)が、"our best and worst behavior"と著者が呼ぶものについてどのような洞察をもたらすか、にページが割かれる。人が他人を思いやったり助けたりする「善い」行動と、人が他人を傷つけたり偏見をもったりする「悪い」行動の本性は、生物学的にどう理解できるのか。ここでは、具体的には「Us/Themの分断」「ヒエラルキーの形成」「道徳」「感情移入(共感)」というテーマが取り上げられ、それぞれ1章ずつ割かれている。この部分では、(1)霊長類など人間以外の動物にもこれらの行動(差別や道徳的行動)は見られるが、一方で(2)人間特有の要素も必ずある(人間は複数のヒエラルキーに属せるなど)ことが、繰り返し強調される。

 

以上は全く表面的な本書の概要。しかも最後の2章について触れていないので概要にすらなっていない。(興味のある方はご自身で読んでください。すみません。)

これだけのページ数を割いて分かることは何か。著者はいみじくも言う。

If you had to boil this book down to a single phase, it would be "It's complicated".

一つの階層の現象(神経活動、ホルモン分泌、etc)は、必ず他の階層の現象(遺伝子、環境、etc)と絡み合っているので「一概」なことは何も言えない。しかも、本書では「A」という学説に対して必ず「not A」の学説が紹介されていて、一つの領域内ですら一致が見られていないことがよくわかる。だから、結論は"It's complicated"なのだ。

決して分かりやすい本ではなく、話も蛇行していたりして読み進めにくい。そして何より長い。それでも、800ページのこの本を通読する価値があるとすれば、今後「○○は××の行動を引き起こします」といった説明を聞いたときに、この本を思い出して、「いや、ちょっとまて。ほかの階層ではどんな条件が前提されているのだろう?」などと立ち止まって考えられるようになることだろうか。