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読書メモなど

読書メモ:騙し絵の牙(塩田武士 著)

 

騙し絵の牙

騙し絵の牙

 

主人公は、大泉洋が扮する敏腕編集者。自身が編集長を務める雑誌の廃刊を食い止めるべく、八面六臂の活躍をするというストーリー。

大泉洋が扮する」と言っても、ドラマや映画の原作というわけではなくて、あくまで小説としての「あてがき」ということらしい。テレビドラマなどで少しでも大泉洋さんを見たことがある人なら、主人公の描写とせりふ回しに、彼の表情や声色をばっちり当てはめることができるように書かれている。従来の「映像化」や「ノベライズ」では、活字の主人公と俳優が演じる主人公の「ズレ」も含めて楽しむものだと思うが、本作では初めから「主人公=大泉洋」のイメージで読める。新感覚だった。

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斜陽の出版業界を舞台にした社会派小説。

組織内での駆け引き、次々と巻き起こる事件、浮かび上がる登場人物の意外な一面…。どこを楽しむかは人それぞれだと思うが、私には出版業界の描き方が印象深かった。

「斜陽と言われて久しい出版業界」という言葉自体、常套句になって久しいような出版業界。だが、どれくらい「ヤバい」のかが伝わってくることは少ない(業界の中にいても、自社が危機的状況にないかぎり、なかなか実感できない)。

『騙し絵の牙』では、低迷にあえぐ大手出版社を、「そんなマニアックなところまで?」と思うほど、ディテール豊かに描いている。たとえば、黒字化しない限り廃刊を告げられた雑誌を立て直すため、主人公は部員たちにノルマを課す。ただしそれは「部数を伸ばせる特集企画の考案」などではなくて、「雑誌からの二次利用商品の発行数と売上高」。つまり、雑誌連載をもとにした単行本などの商品で、売り上げを出すことだ。なるほど、そっちのほうが、雑誌黒字化の方策としては早いのか。説得力がある。

そこで、主人公たちは、小説の映像化の売り込みに、テレビ局に行く。映像化してもらうためには本が流行っているという実績が必要なので、営業部を説得してあらかじめ重版をかけてもらう。あるいは、大物小説家に新連載を頼みに行く。でもそのためには、上司を説得して、何とか「取材費」の工面をしなければならない。そういう「鶏が先か卵か先か」的な資金繰りの苦しさ、どこかが一個おかしくなると破局がいっそう近づくという状況の描写が、リアルだ。

そして、いかに才能豊かな編集者たちがどう頑張っても、これまでのビジネスモデルは維持できない。数字だけを見ている上層部には、「不採算な雑誌はなくせばよい」と簡単に言われ、現場の士気はさらにくじかれる…。

出版業界にいる人ならば、「ああ、これが数年後、自分の周りで起こることかもしれない」と、身をもって感じることができるかもしれない。

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組織のなかで、主人公は完璧に立ち回る。でもあるところで、組織の限界を悟り、業界に風穴を開けるような一手に出る。

本書は、著者が、出版業界に身を置く立場として、「このままではまずい」という問題意識をもとに書いたに違いない。主人公ほどでないにしても、この本自体が、「あてがき」という新手法も含めて、一つの風穴を開けているように思った。