重ね描き日記(rmaruy_blogあらため)

読書メモ、探究メモなど。

今年読んだ本で振り返る2018年

2018年もあと2日。

個人的には、今年は仕事で少しだけ手ごたえを得られた一年だった。今年は、企画・編集で下記7冊の本に関わった:

  • QBism』、H. C. フォン・バイヤー(著) 、 木村元 (解説)、松浦俊輔 (訳)
  • Coq/SSReflect/MathCompによる定理証明』、萩原学、アフェルト・レナルド(共著)
  • 失敗しない データ分析・AIのビジネス導入』、株式会社ブレインパッド (著) 
  • パワー・オブ・ネットワーク』クリストファー・G. ブリントン、ムン・チャン(共著)、臼井翔平(ほか訳)
  • 脳と時間』、ディーン・ブオノマーノ(著) 、 村上郁也(訳)
  • 折り紙数理の広がり』、上原隆平(ほか編・訳)
  • ブラックホールと時空の方程式』、小林晋平(著) 

どれも私自身が「面白い本だなあ」と思える一冊だ。ニッチな本もあるが、それぞれに「刺さる人には刺さる」のではないかと思う。これらの著者・訳者の方々に出会えたこと、その作品のお手伝いをさせてもらえたことには感謝しかない。

あと数年は、こんな感じで、自分が面白いと思える本をつくることにかかわっていけたらなぁと思う。(当然、そのためには部数という結果を残す必要がある。自分が最高に面白い思った本がそれほど売れないこともある。その厳しい現実を知った一年でもあり、それも含めて「手ごたえ」だった。)

さて、一読者としても、たくさんの良書に出会うことができた。例年通り、今年読んだ本を振り返りつつ、2018年を振り返っておこう。

 

 *以下、今年読んだ本のうち、「2018年に発行された本」を紹介します。洋書の場合は、原書か翻訳書のいずれかが今年刊行であれば入れています。このブログで取り上げたものはリンクを張っています。

*昨年と一昨年の振り返りはこちら: 

今年読んだ本で振り返る2017年 - 重ね描き日記(rmaruy_blogあらため)

今年読んだ本で振り返る2016年 - 重ね描き日記(rmaruy_blogあらため)

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今年読んだ本で振り返る2018年

不安と自信のなさ

憂うつな話から。私にはいつも将来への不安がある。職を失うかもしれない。病気になるかもしれない。老後がみじめかもしれない。石油の枯渇、戦争、大震災、国の財政破綻など、国家・世界レベルの不安もある。『Enlightenment Now』(Steven Pinker、読書メモ)は、「全地球的にみると今が最高の時代」というのだが、どうだろうか。ピンカー著の読了後は少し元気になったものの、その気分は数カ月しか続かなかった。

今年一番強烈に感じた不安は、「暑い夏」への恐怖だった。猛暑は身体がしんどいだけでなく、異常気象による災害を同時多発的にもたらすことを知った。10年後、僕らは日本で夏を生き延びられるのだろうか?

私だけでなく、誰しもそれぞれの不安を抱えているようだ。『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』(吉川浩満読書メモ)の著者は、最近の先進国に共通の精神的状況として「自信のなさ」があり、それが「裏返って自他への攻撃となってあらわれているように見える」と指摘していた。

日本の政治・行政に目を向けると、そうした「自信のなさ」ゆえの迷走が目立ったように思う。個人的に一番気になったのは、外国人労働者の受け入れをめぐる議論だった(それについては少し書いた)。『コンビニ外国人』(芹澤健介)には、日本にいる外国人労働者たちの苦境の一端が描かれていた。労働力が足りないからといって、長期的な見通しもなくさらに外国人を連れてくるというのはどうなのだろう。うつ病の社会的要因を丹念に調査した『Lost Connections』(Johann Hari、読書メモ)を読むにつけ、日本ではますます社会の分断が進み、うつ病大量発生社会に向かっているのではないかと感じざるをえない。

……などと、嘆くのは簡単だ。『日本の大問題』(荻上チキ)の著者のように、目をしっかり開いて、頭を使って、絶望している間にできることを行動に移すべきなのだろう。

人工知能と、その本当の問題点

吉川著のいう「自信のなさ」は、ここ数年、人工知能をめぐる議論(おしゃべり)のなかにも顕著に現れてきた。AIは、人間を脅かす「新参者」のイメージで語られてきた。人間に歯向かったり、職を奪ったりするかもしれない。でも、AI研究史をたどった『人工知能」前夜』(杉本舞、読書メモ)を読めば、AIがここ数年でぽっと出てきたものでもなければ、最近になって急に「人間に近づいた」のでもないことがわかる。『機械カニバリズム』(久保明教、読書メモ)は、将棋ソフトの事例の研究を通して、そもそも人間とAIを対比することの無意味さをこれ以上ないほど鮮やかに示している。

では、AIなど何も警戒するに足らない技術かと言えばそうではない。『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』(キャシー・オニール著、読書メモ)が指摘するように、「AI技術」の名のもとに進められる不透明なデータの利用が、現に社会でさまざまな問題を引き起こしている。『ホモ・デウス』(ユヴァル・ノア・ハラリ、読書メモは、ヒューマニズムの終焉とデータ至上主義(dataism)の実現を予言したが、『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』(スコット・ギャロウェイ)を読むと、アマゾン・アップル・グーグル・フェイスブックという4企業の威力と合わせて、データ至上主義の到来がさらに身近に感じられる。AI技術の偏在化がもたらす弊害に、日本で一番警鐘を鳴らしているのがAI vs. 教科書が読めない子どもたち』(新井紀子)の新井先生かもしれない。具体的な提言には議論があるかもしれないが、その問題意識には全面的に傾聴すべきと感じる。

技術の進歩と社会

人工知能に注目が集まりがちだが、それと同じくらい社会にインパクトを与えうるいくつかの技術がある。一つが、VR。『VRが脳を変える』(ジェレミー・ベイレンソン)は、分野のパイオニアVRのポテンシャルと悪用の危険性について網羅的に論じた一冊だが、これを読んで「新しいゲーム機の技術」くらいに思っていたVRのイメージが一変した。

AIやVR以上に人類の脅威となるのは、ゲノム編集技術だろう。『合成生物学の衝撃』(須田桃子)は、アメリカで遺伝子工学の研究と(軍事)利用への準備がいかに進んでいるかを取材した一冊。これでも十分に衝撃だったが、11月にゲノム編集された双子が誕生したニュースが飛び込んできて100倍の衝撃を受けた。

AI、VR、ゲノム編集。これら新技術を、社会のなかでどう使っていくか。『近代日本150年』(山本義隆読書メモ)は、明治以降の日本の科学技術政策を失敗まみれのものとして描いていた。そうならないように、科学の使い方を考えるときに頼りになるのは「文系」の学問だ。理系・文系という区分はナンセンスでは?と思う人も多いと思うが、『文系と理系はなぜ分かれたのか』(隠岐さや香読書メモ)を読むと少し考えが変わるかもしれない。

「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明』(伊神満、読書メモ)は、ある問いをある学問の方法論で追究するとはどういうことかを、誰でも辿れるように解説した優れたサイエンスコミュニケ―ションの書だと感じた。他の分野でもこんな本が増えていくとよいと思う。

真理探究の愉しみ

未来が不安だという話から始めた。いろいろ考え始めると、世界が暗く希望のない場所に感じられる。そんなとき、私にとってはサイエンスが救いになる。自然科学は、日常の価値判断から離れた「世界の見方」があることを教えてくれる。たとえば、4次元時空はゆがんでいてそれが重力であること。自分の脳のなかには1000億個の神経細胞があって、それがすべての記憶、感情、思考を生み出していること。それらに思いを向けているあいだ、世界は不安でやるせない場所ではなくなる。科学(あるいは数学)を学ぶことには、そんな効用があるのではないかと最近思っている。科学で日常的世界を「重ね描き」するのだ。

脳と時間』(ディーン・ブオノマーノ、村上郁也訳、読書メモ)や『もうひとつの脳 ニューロンを支配する陰の主役「グリア細胞』(R・ダグラス・フィールズ)を読むと、研究者たちが着実に脳についての知識を増やしていることがわかる。『宇宙に生命はあるのか』(小野雅裕)は、NASAで宇宙開発に携わる著者が、宇宙について知りたいという気持ちを全開にして綴った一冊。これを読んで宇宙へのロマンを開花させる中高生がいてもおかしくない。

数学をこれから勉強しようと思っている人は、著名な数学者らが「なぜ数学するのか」をそれぞれの言葉で語った『数学セミナー(2018年4月号)』(読書メモ)、数学の全歴史と認知学的な視点を絡めて紹介した『数学がいまの数学になるまで』(Zvi Artstein、読書メモ)を読むと、モチベーションが倍増するかもしれない。

ブラックホールと時空の方程式』(小林晋平、読書メモ)は、高校数学から始めて一般相対論の独習を目指すという、異例の試みとなっている。まだ発行から3週間目だが、もしこの本が成功とみなされるようであれば、今後「世界の見方をもう一つ増やすために、一般相対論/場の量子論統計力学/etc..を独学してみる」といったことが普通になっていくのかもしれない、などと夢想する。

ときには専門家集団を批判的に見る目を大事だ。そう思ったのは、理論物理学が実は袋小路にはまっていると指摘した『Lost in Math』(Sabine Hossenfelder、読書メモ) を読んだから。非専門家の我々の側でも、専門家たちの間の意見の不一致、一貫性のほころびのようなところには、敏感なアンテナを張っておくべきかもしれない。

文学・エッセイからもらう希望

サイエンスや数学とは別の仕方で、世界の別様の見方を与えてくれるもの、それが「ストーリー」だ。現状に閉塞感を感じているならば、うんと遠いところに視点をおいて、「今・ここ」を相対化してしまえばいい。日本を存在するかわからないにしてしまった『地球にちりばめられて』(多和田葉子読書メモ)、逆に日本の日常を徹底的にディストピアとして描きラストでそれを破壊しつくす『地球星人』(村田沙耶香)はいずれも爽快だった。『平成くん、さようなら』(古市憲寿)には意表をつかれ、『万引き家族』(是枝裕和)は樹木希林さんの逝去が相まって異様に感動的だった。

その他、今年読んでとくに元気が出た本は、『ののはな通信』(三浦しをん)、『おまじない』(西加奈子)、『ある男』(平野啓一郎)など。また、お笑いの世界でがむしゃらにスキルを磨き続けてきた半生を、異様な自意識と文章力とあけすけさで綴った『天才はあきらめた』(山里亮太)は、元気・やる気がとめどなく湧いてくるような一冊だった。

 

心と体をゆたかにするマインドエクササイズの証明』(ダニエル・ゴールマン&リチャード・デビッドソン、読書メモ)を読んで、本格的に瞑想を習慣化できたことは、今年一番の収穫かもしれない。

今年の一冊! 

最後に、今年のベストブックを発表したい。

Mind-Body Problems』 (John Horgan 

英語だが、Webサイトで無料で公開されているのですぐ読むことができる。

世界的な科学者/哲学者らに長時間のインタビューを行い、彼らの「心身問題」に対するスタンスと、それが彼らの人生の来歴やアイデンティティの問題とどう関係しているかを綴った一冊。「心と脳の関係」などの学術的テーマを、それが学問の場でどう扱われてきたとは別に、研究者たちの人生のなかの位置づけという軸で捉えてもよいということを教えられた。自分自身が科学をやる立場にない一般読者にとっては、むしろそちらのほうが知る価値のあることかもしれない。新しい科学コミュニケ―ションの可能性を感じたという意味で、今年の一冊に選びたい。