自動人形の城(オートマトンの城): 人工知能の意図理解をめぐる物語
- 作者: 川添愛
- 出版社/メーカー: 東京大学出版会
- 発売日: 2017/12/18
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (1件) を見る
また出ました。『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』に続く、今年2冊目の川添愛作品。
「人工知能をつくる/使いこなす難しさ」という前作のテーマを引き継ぎつつ、物語の舞台は、『精霊の箱』にも似た(が接続はしていない)魔法と王国の世界となっている。
今回の主人公は11歳の王子様。甘やかされてわがまま放題の彼だったが、とある事件で城中の召使いたちをみな連れ去られてしまう。その代わりにやってきたのは、ロボットのような「人形」たち。優秀な召使いと違って、言葉で厳密な命令をしないと、人形たちは思うような動作をしない。人形たちは王子の「意図を汲む」ことができない。
人形たちと王子だけになってしまった城には、王国の転覆を狙う敵の気配が迫っている。父である王も、いまは外遊に出ている。王子はどうやってこの苦境を乗り越えればいいのか……?
続きは本書で。
***
物語に込めれている表向きのメッセージは、「人間の思うとおり(≠言うとおり)に動いてくれるロボット(AI)をつくるのは、思われているほど簡単ではない」ということだろう。『働きたくないイタチ~』では、音声認識や構文解析、意味理解といった自然言語処理のタスクがどんなに難しいかを描いていた。しかし、かりにイタチたちの「夢の機械」が完成したとしても、その先に「意図理解」というさらに大きな壁がある。たとえば「2つのカップにコーヒーと紅茶を入れて」といった簡単な命令でも、ロボットに人間の意図に沿う動作をするのは難しい(二つのカップにコーヒーと紅茶を半分ずつ入れたりしてしまう)。
本書では数々の王子様と人形のすれ違いを通して、様々なタイプの意図理解の難しさを例示していく。また、AIの「ユーモア理解」「道徳的判断」「価値の理解」などについても面白いエピソードが盛り込まれていて、考えさせられた。
・・・というのが本書の主たるテーマ。
だけど、本書にはもう一つ別の、大事なテーマがあるような気がしてならない。それは、『精霊の箱』にも通じる「勉強はあなたの『力』になり、苦境に立ったあなたを救ってくれる」というメッセージだ。
『精霊の箱』では、主人公はチューリングマシンの動作という高度な「魔術」を学んだ。いわば「専門知識」だ。だが、本書で王子が身に着けるのはもっとずっとベーシックなスキル、「言語を操ること」という誰もが必要とするスキルとなる。
王子の苦闘は、わが身を振り返れば、日々自分がサラリーマンとして直面している困難そのものだ。「取引先へのメールの意図が思うように伝わらない」、「上司の『意図』が読めず仕事が手戻りしてしまう」「企画書がうまく書けず提案が通らない」…。
会社に限らず、考えてみれば人が生きるのに必要なスキルの大半は「言葉をうまく使いこなすこと」に関係している。そして、そこに現代特有の要素として「機械に伝えるスキル」というのも加わる。人間の意図を汲み、他人に意図を伝える。意図を理解できない機械に適切に指示を与える(=プログラミングする)。どちらもとても難しく、(今のところ)機械学習ベースの人工知能にはできない。
手紙をうまく書けなかったり、自分の感情を言葉にできなくていだ立つ王子の不全感は、私たち大人であっても日々感じているものではないだろうか。しかし、「言葉を操る力」は訓練することができる。勉強を恐れず、勉強の与えてくれる力を信じて、力を身につけよう。物語の中盤で、王子を導く役回りのキャラクターが言うそのような趣旨のセリフには、自分自身が励まされているような気分になった。
(この「勉強観」は、先日読んだばかりの千葉雅也氏の『勉強の哲学』の勉強観と対照的なようでもあり、共通しているところがあるような気もする。じっくり考えてみたい。)
***
不完全なAI技術を使って繰り出された、「人工知能でつくりました」などというデモンストレーションに目をくらまされている暇があったら、言語能力とプログラミング能力を養おう。努力はきっと実るから。曲解かもしれないが、本書からそんな励ましをされているように思った。新井紀子先生のリーディングスキルにまつわる提言の、著者流のアプローチなのかもしれない。
「AIに仕事を奪われないために」系のビジネス書を読んだ方にこそ、ぜひ本書をすすめたい。