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読書メモなど

読書メモ:精霊の箱(川添愛 著)

 

精霊の箱 上: チューリングマシンをめぐる冒険

精霊の箱 上: チューリングマシンをめぐる冒険

 

 

精霊の箱 下: チューリングマシンをめぐる冒険

精霊の箱 下: チューリングマシンをめぐる冒険

 

 先日、神保町の書泉グランデでのトークイベントを聞いてきた。 

『精霊の箱』も前作の『白と黒のとびら』も読まずに参加したのだが、川添愛さんのお話はとても面白かった。その日の感想ツイートがこちら。

帰りがけに早速『精霊の箱(上)』を購入。前作から入ったほうが楽しめるんだろうなとは思いつつ、オートマトンよりもチューリングマシンのほうが興味をそそられたので、まず『精霊の箱』から読んでみることにした。

上下巻あわせて600ページ近い大著で、しかも謎解きの部分はややこしそうなので、読むのに骨が折れるかなと覚悟した。が、読み始めると止まらず、数日で一気に読破できてしまった。

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どんな本なのか、(ネタバレしないように)簡単に紹介する。

まず、本書はフィクションだ。ファンタジー仕立ての物語になっている。主人公ガレットは見習いの魔術師。修行中の身である彼が、事件に巻き込まれ、ある重要な役割を背負わされ、仲間とともに「敵」と戦う。世界観は「ナルニア国物語」や「指輪物語」に似た雰囲気だが、マニアックな設定の細かさや理屈っぽさは『ジョジョの奇妙な冒険』にも通じるものがあると感じた(著者は『ジョジョ』のファンだそう)。

そして、すべてのストーリーと設定が、計算機の理論のメタファーとなるように作られている。

この物語の世界では、現象の背後には計算の世界があることになっていて、その計算の世界にアクセスする力として「魔法」が存在する。計算の働き方を理解して正しい「呪文」を唱えることで、人や物を操ることができる。魔法を読み解くヒントが、この世界では様々な形の「パズル」として登場し、登場人物たちはそれを解くことで、敵を倒すための力をつけていく。

そして、各章に出てくるパズルの一つ一つが、「オートマトンの状態遷移図」「テープとヘッド」「セルオートマトン」といったチューリングマシンの様々な表現方法や、「停止問題」「万能性」といった計算機理論の主要問題に対応している。これらアナロジーが本当に精巧にできていて、ただただ圧倒される。なぜこんなものが書けるのだろうかと思う。

以上、一言でいうならば、手に汗握る冒険物語を読む間にチューリングマシンの概念を自然に体得することができるという、すごい本だった。

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「パズルが盛り込まれたファンタジー小説」としても、「物語を通して情報数学を解説した教科書」としても楽しめる本書。でも、個人的には、そのどちらでもない部分に、深く共感してしまった。

一つは、現実の世界における「計算」の威力を見事なメタファーで描いていること。もう一つは、「勉強」をすることの、第一人称的な切実さに立ち返らせてくれたことだ。

「計算=魔法」の比喩

「計算」を「魔法」になぞらえるのは、話を面白くする比喩であるだけではなくて、計算の本質を言い当てていると思った。ガレットの世界ほどには直接的でないにせよ、僕らのこの世界でも、計算には魔術的な力があるといえるのではないだろうか。たとえば、チューリングの「暗号解読」の計算は実際に世界大戦の勝敗を占った。21世紀の今、ますます「アルゴリズム」は力を増していて、いかに「アルゴリズム」を改良するかということに、世界中の企業や大学がしのぎを削っている。さらに言えば、僕らの体を細胞の中にも絶え間ない「計算」のプロセスがある。遺伝子という「コード」を読み解き、書き換える技術すら実現している。計算を「魔術」になぞらえることも、大げさとは思えなくなる。

そういうふうに考えると、今度は、一人前の魔術師を目指す主人公ガレットの姿が、この世界の研究者・技術者やそれを目指す学生たちに重なる。「計算」という魔法を、僕らは日夜勉強して身に着けようとしているように思えてくる。

「真の力を身につけよ」

でも、勉強の道は険しい。みんなが当然のように知っていることが理解できなかったり、教科書の最初のほうで躓いたりすると、「勉強したってどうせ自分はものにならない」「時間の無駄かもしれない」という思いに駆られはじめる。学ぶべきことの膨大さと、自分の頭の鈍さに、嫌気が差す。勉強のプロセスがだんだん無味乾燥になっていく。

そんな気分に身に覚えのある僕にとって、本作品は身につまされた。

ガレットが習得する魔法は、彼の世界のごく選ばれたものしか体得しえない奥義だ。また、彼が魔法の原理を理解できるかどうか、たとえば「オートマトンの動作原理」を解読できるかどうかに、世界の運命がかかっている。この本の世界に浸った読者は、本を閉じた後、自分にとっての「勉強」がちょっとだけ重要さを増したように思えてくる。

中二病的な自己暗示にすぎないだろうか?

そうかもしれない。

でも、「学ぶ」というのは、そういうものだったのではないか。人間の知を習得し、フロンティアを切り開いて、新しい力を得るということ。

いかに歩みが遅くても、いまはどんなに簡単な「演習問題」しか解けなかったとしても、いつかはある分野のフロンティアに追いついて、独創的な仕事ができるようになるはずだ。

そんな風に読者を勇気付けてくれる本として、『精霊の箱』を読んだ。

物語のなかで、ある人物がガレットに語る台詞がある。

「世界がお前を軽んじている間に、真の力を身につけよ」

きっと長い研究者生活のなかで「真の力」を身につけ、この物凄い作品を生み出してくれた著者からのメッセージに、心をぐらぐらと揺さぶられた。