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読書メモなど

読書メモ:Mind-Body Problems (by John Horgan)…心身問題はなぜ人生の問題になるのか?

『サイエンティフィック・アメリカン』誌のライターとして有名な、ジョン・ホーガン氏による新刊。

「新刊」と言っても、電子版のみのセルフ・パブリッシングで、下記Webサイトにて全文が無料公開されている。

https://mindbodyproblems.com/

なお、Kindle版は5ドル(こちらにはWebサイト版にある図表や音声の付録がない)。

この形式で「本」を出すことにした経緯について、著者は

  • アドバンス(印税の前払い金)を払ってくれる出版社を見つけることができず、とりあえず書いた。あとから出版社に持ち込むこともできたが、読んでもらうことが目的なので、Webサイトに無料公開した

といった説明をしている。それが経緯のすべてであるかはわからないが、Webサイトで一冊の本を完結させてしまうというのは、とても面白い試みだと思った。

本書のテーマは、「心身問題(Mind-Body Problem)」。つまり、

物質である身体(もしくは脳)に心が宿ることをどう説明できるか

という問題である*1。「意識や自己や自由意志を、どうやって科学的に扱うかという問題」と言い換えてもいいだろう。

この問題に取り組む科学者を長年にわたって取材し、科学雑誌に記事を書き続けてきたホーガン氏。本書ではあらためて9名の研究者(ひとりは小説家)をピックアップし、長時間のインタビューをもとに各章を構成している。

 

9名の人生と心身問題

本書に登場するのは、下記の9人である。

  1. クリストフ・コッホ:神経科学者
  2. ダグラス・ホフスタッター:認知科学
  3. アリソン・ゴプニック:発達心理学
  4. スチュアート・カウフマン:複雑系科学者
  5. エリン・サックス:精神医学者・法学者
  6. オーウェンフラナガン:哲学者
  7. レベッカ・ゴールドスタイン:哲学者・小説家
  8. ロバート・トリヴァース:進化生物学者
  9. デアーダー・マクロスキー:経済学者

いずれも、影響力のある本を何冊も書き、その分野では誰もが知るようなスター研究者たちだ。ホーガン氏は、この数年間、折に触れて彼らを訪問し、自宅や職場でご飯を食べながら(ときには家に泊まらせてもらって!)じっくりと話を聞いている。

普通の科学ライターによるインタビューであれば、話題の中心は「最近の研究内容」になるところだが、ホーガン氏はむしろプライベートな話題に踏み込んでいく。そもそも、この9名が選ばれた理由が、「人生で何らかのアイデンティティ・クライシスを経験した人」だというのだ。

具体的には、この世界的スター研究者たちは、以下の当事者でもあるという。

注:この箇条書きの順番はシャッフルした(いずれも本人たちが公表している情報なので、調べればすぐに出てくる)。なお、8つしかないのは、一人だけ「外形的には幸せに見えるが、内面に悲しみ抱えている」として描かれる人物がいるためである。

著者ホーガン氏の関心は、こうした「自分のアイデンティティへの疑念」を突き付けるようなライフイベントがその研究者の心身問題への取り組みにどんな影響を与えたか、ということにある。

こう聞くと、何かちょっと下世話な詮索のようにも聞こえるかもしれない。誰しも、人生いろいろあるし、悩むこともある。でも、それと「科学者としての研究」は別物でしょ?

 

心身問題はなぜ人生の問題になるのか?

著者はそのようには見ない。まず、「意識がどのように脳でつくられているのか」といった研究に科学者たちを駆り立てるものとして「自分自身を知りたい」という好奇心がある。そして、心身問題についてどんな問いを立てどんな解答を用意するかは、その科学者のたどってきた人生に左右される。だから、実は「心身問題」は一つではない。各人ごとに無数にあるのだ。このことを、著者は書名に複数形"Problems"を使うことで表したという。

Because there are lots of mind-body problems, like consciousness, the self, free will, our sense of right and wrong, the meaning of life. Also we all face our own private version of the mind-body problem, because we all have different minds and bodies and lives, so we have to find our own solutions. You might say there are as many mind-body problems and solutions as there are individuals. Hence, Mind-Body Problems, with an s. (終章より)

そして、ホーガン氏が本書で強調する点がもう一つある。それは、心身問題に取りつかれた研究者たち以外の私たちにとっても、心身問題は重大な人生上の(あるいは人類全体としての)問題となるということだ。

To be human means to undergo a perpetual identity crisis, to be a work in progress. We do not discover ourselves in the same way that we discover other features of nature, like pulsars and x-rays, or even components of our bodies, like synapses and genes. We invent ourselves, imagine ourselves, and we keep shape-shifting, swerving, throughout our lives. Our ideas about ourselves and others can change dramatically when we fall in love, have children, get divorced, get locked up in a psychiatric ward, have a sex-change operation and fall in love again, miraculously, after resigning ourselves to solitude.

Also, human history is one long identity crisis. Science and other realms of culture keep expanding the range of possible answers to the mind-body problem. Inventions as diverse as meditation, Islam, capitalism, Marxism, eugenics, stream-of-consciousness fiction, psychoanalysis, quantum mechanics, computers, genetic tests, MRIs, queer theory, civil-rights legislation, brain implants and LSD have given us new ways in which to conceive of ourselves.

We should take stock of our protean nature when we consider what we are, can be and should be as a species. Yes, I’m talking about the destiny of humanity. When we peer into the future and imagine ourselves a decade, century or millennium from now, that, too, is a mind-body mystery, maybe the most consequential of all. Will our identity crisis ever end? Will we ever converge on a single answer to the mind-body problem? I hope not. (序章より)

「心身問題をどうとらえるか」は、個人としての、そして人類全体としての、自己イメージに直結している。そして、もし仮に「心身問題が科学的に解けた」ということになったら、それは人間にとっての「アイデンティティ・クライシス」の終わりを意味する。それはいいこと? 否、ディストピアだ、と著者はいう。

もしある日、天才が現れて、心身問題を解いてしまったら…? Q&A形式の終章のなかで、著者は次のように答えている。

Q: Isn’t it possible that someday a genius will come along who can solve the mind-body problem?

A: I call this the myth of the scientific savior. I can imagine, all too easily, some charismatic figure, a unholy hybrid of Buddha, Marx, Darwin, Freud, Einstein and L. Ron Hubbard, convincing us that he—it will almost certainly be a he, because we prefer saviors with penises—he has solved the mind-body problem. He knows who we really are and should be. Intellectuals will hail this event as the culmination of the Enlightenment, but actually it will be the opposite, it will be the beginning of a new dark age, because it will mean that our desire for certainty has extinguished our doubt and creativity and desire for freedom. All messiahs are false messiahs.

いわく、それは「偽の救世主」による「暗黒時代の幕開け」となるだろう。なぜなら、(本書の著者の主張を意訳すれば)心身問題の「解決」は「どう生きるか」の選択の喪失を意味するからだ。

 

科学に最終回答を求めてはいけない?

以上が、本書を通してホーガン氏が語る、彼のスタンスである。もちろん、9名の研究者たちがこれに同意しているわけではない。クリストフ・コッホ氏など数名は、「一つの答え」があると信じてそれを追い求めている。

だが、著者のポイントは、「でも、そうした『単一の解答』を求める研究者たちも、『何が解答か』については一致できていないでしょ? そこには確かに彼らの人生が投影されているでしょ?」というところにある。

心身問題(心脳問題)への科学者・哲学者たちの見解は多様だ。そもそも心身問題が「真性の問題か、あるいは疑似問題か」から始まり、「今の科学に解けるか、解けないか(あるいはすでに解けているか)」、その解をどこに求めるか(量子力学/情報統合の度合い/etc..)など、いくつもの観点で多様なスタンスが存在する。

ホーガン氏はこの状況を指してパラダイムシフトならぬ「パラダイム爆発(paradigm explosion)」が起きているという。そして、こと心身問題に限っては、このパラダイムは収束しないだろうというのが著者の見立てであり、私も共感する。

たとえば、脳科学者の茂木健一郎氏は、自身のWebサイトで下記のような文章を掲げている。

私たちの心の中の様々な「クオリア」(qualia)に対応する物質的過程の性質を明らかにすることは、自然科学を従来の客観的視点に立った物理主義の科学から脱皮させるための最大のチャレンジである。(茂木健一郎氏Webサイト:http://www.qualia-manifesto.com/manifesto-summary.j.html

ブログ筆者の私も、茂木氏に大きな影響を受けて、大学院にて脳科学の門をたたいた一人だ。だが今では、上記のような「チャレンジ」が、茂木さんやほかの誰かによって「解けた」という未来が来るとは思えない。そして、そんな未来が来るのが望ましいとも思わない。その点で、ジョン・ホーガン氏の考え方に100%同意するのだ。

 

おわりに

各章のインタビューの内容についてはいっさい触れられなかった。それぞれとても面白いので、関心の人物の章から読んでみてほしい。彼らの著書やTEDトークでは想像もできない、一個人としての弱さが描かれているのがとても印象的だった(ただ、ホーガン氏自身のメランコリーな気分が書きぶりに影響しているのではと思うような瞬間もあり、どこまで割り引いて読むかは難しいところではある)。

「心と脳の関係」という最先端の科学的トピックの研究が、自身のアイデンティティに悩む生身の人々によって営まれているということ。それを広く伝えるという意味で、とても貴重な科学コミュニケーションの一冊なのではないかと思う。

 

 

 関連図書

本ブログでも、「心身問題」、とくに「意識」の科学研究については関心をもって追いかけてきた。下記2冊は、理論と実験から「意識」に迫る研究者たちによる現状報告の書。

ホーガン氏と同じく、「心と脳の関係を解くというのはどういうことか? 解けるのか?」について、古今の哲学や思想を紐解いて考えたのが『脳がわかれば心がわかるか』(改題前の底本のタイトルがずばり『心脳問題』だった)。

ホーガン氏は、「科学の問題と人生の問題が絡み合っている」という見方を示した。それに反して、 科学の問題と人生の問題は「ごっちゃにするな」という強いメッセージを出したのが、『科学にすがるな!』の佐藤文隆先生。でも、こんな本を出したのは、佐藤先生が「科学の問題と人生の問題の関係」について人一倍考えているからではないかと思う。

「科学にすがるな!」――宇宙と死をめぐる特別授業

「科学にすがるな!」――宇宙と死をめぐる特別授業

 

 旧ブログに書いた感想:rmaruy_blog | 『「科学にすがるな!」――宇宙と死をめぐる特別授業』

 

*1:日本語では「心脳問題」のほうが最近はよく聞くかもしれないが、指すものは同じと言っていいはず。