重ね描き日記(rmaruy_blogあらため)

読書メモ、探究メモなど。

記録メモ:日経サイエンス2023年10月号への寄稿

久しぶりの投稿は、仕事(業務外)の記録。

科学雑誌『日経サイエンス』の2023年10月号(8月発売号)の、二つの記事に関わらせていただいた。

きっかけは、Scientific American誌のBuzsakiさんの記事掲載を考えていた日経サイエンス編集部のFさんからのお声がけだった。私が本ブログで彼の著書The Brain from Inside Outに言及していたこともあり、同記事の翻訳と解説を打診いただいた。その後、いろいろな経緯があり、大規模言語モデルの特集をメインにするということで、神経科学者の平理一郎先生と一緒に、特集記事の一つを担当することになった。

2)については、The Brain from Inside Outのダイジェスト的な内容になっており、翻訳作業は楽しいものだった。1ページの解説を書くに当たってはBuzsaki氏と共同研究の経験がある、UCSFの千歳雄大(Yuta Senzai)先生*1にインタビューさせていただいた。Buzsaki氏の主張については「極端すぎないか」といった議論もいろいろと巻き起こっている(本人はそれを楽しんでいるように見える)なか、千歳先生や平先生との議論や、あらためてThe Brain from Inside Outを読み直したことで、彼の主張の理解が深まったように思う。それを「Inside outの三つの主張」としてコラムにまとめてみた。

1)の共著記事は、とてもチャレンジングだった。日経サイエンスからの「脳の理解に関する基礎論的、コンセプチュアルな論考を」というお題を受け、実験神経科学者でありながら、数学、物理学、哲学、その他の学問も横断しながら脳という研究対象について考え続けてきた共著者が、本気の第一原稿を書かれた。はからずも、今共著者の中でホットな大規模言語モデル(LLM)に関する内容になっており、LLMが従来の脳科学のアプローチ・パラダイム見直しの契機になり得る、という主張がなされていた。日経サイエンスのFさんは「ここでLLMが出てくるのか」と驚き、それでLLMの特集の中にこの記事を位置づけることにしたという。

当初の共著者の構想を私は10%くらいしか理解できていなかったように思う。そこからは、相談を重ね、単純化したストーリーラインや図解をつくりながら私が理解を深めるともに、二人で原稿を形にしていった。脳科学は、脳の中に各種の「座標系」を見つけ、それを脳内の情報処理のメカニズムがいかなるものであるかを知る最大のヒントとしてきた。しかし、脳全体でみたときには、異なる座標系(時間、空間、様々なモダリティの感覚に関する)の情報をどのように統合しているのかという、難問に突き当たる。どのように「混ぜて」いるのか。そこでLLMが出てくる。Transformerは、各単語(トークン)だけでなく、それが出現する位置(順序)をベクトル化し、それらを足し合わせて処理をする。いわば座標系を「ごちゃ混ぜ」にしているにもかかわらず、整然としたアウトプットを出すことができている。脳の中でも、実は「ごちゃ混ぜ」なのではないだろうか。きれいな「座標系」が見えていたのは、計測の局所性と、人間の解釈問題であって、個別の座標系を超えて脳を「理解」するのは、この「ごちゃ混ぜ」の全体を何らかの方法で解きほぐさなければならないのではないだろうか。

──以上は、本記事の論旨を即興的に書いたもので(共著者には怒られるかもしれない)、より正確な記述は記事を参照いただきたい。

数ヶ月にわたる共著作業を経て、とても大事な論点だと感じることができたし、AIの進展がこのように脳の見方をアップデートしうるのだなと感じた。とくに、脳内現象の時刻と脳が表彰する時間のずれという、「時間」に関するとても面白い議論(の萌芽)が含まれていると思う。

今回、ものすごく貴重な経験になったのは、日経サイエンスの編集部のFさんやDさんのすさまじい仕事ぶりに触れることができたこと。企画の打診から、校了まで、とてもきめ細かく対応いただいた。これをすべての記事に対して行うのも大変だし、翌月や翌々月の企画と並行で進めるのは尋常ではない作業量だと想像。それでも「忙しさ」よりも「好奇心」を前面に出してお仕事をされている様子に感服した。

日経サイエンス10月号(8/25発売)、ほかにも面白い記事が並んでいますので、ぜひ書店でお手にとってご覧ください。

 

 

 

*1:なお、千歳先生は睡眠時の脳活動についての研究をされており、昨年、Science誌がインタビューしたpodcastが上がっていておすすめ。https://www.science.org/content/podcast/chasing-arctic-cyclones-brain-coordination-rem-sleep-and-book-seafood-information-age