一年の振り返りに今年は1時間くらいしかとれない。
本業のこと
現職に来てから丸3年経った。自分の限られた経験と能力、そして組織から与えられた任務という制約の下で、税金で雇われている自分の存在をどうしたらネットポジティブにできるか悩みながら、結果としてはいろいろやった。
- 同僚と作成したレポート「拡張する研究開発エコシステム」を3月に公開した。近年、研究のエコシステムを新しい創意工夫で「拡張」しているような企業が多く出てきている状況に着目し、海外の「メタサイエンス」の動向などと結びつけながら報告した。
- その調査活動の一環で、5月にワシントンDCで行われたMetascience Conferenceに参加した。関心を同じくする海外の人と英語で議論するのは10年前の大学院生のとき以来で、その楽しさを思い出した。
- メタサイエンスという世界的動向を日本のステークホルダーに伝えることが短期的には自分の役割だろうと考え、いくつかの場所で記事を書いたり話題提供をさせてもらったりした。
- 同僚がメインでまとめた「ELSI/RRIと科学技術ガバナンス」に関する報告書も6月に公開された。近年ELSI(倫理的・法的・社会的課題)への対応の名の下でなされる諸実践が、新興技術を取り巻く国際的な秩序作りにどうつながり、今の日本の対応のどこに課題があるのかを分野横断的に考えた。自分は主にニューロテクノロジーの領域のケーススタディを担当し、その関連で、8月の神経科学学会の倫理のセッションに参加した(風邪を引いて急遽オンラインになってしまった)。なお、ニューロテクノロジーの現在とその倫理的課題については、今年出たNita Farahany著にわかりやすく解説されていた(ブログメモ)。
- 今年度に入ってからは、所属組織の過去の発行物をキュレーションして二次的な発行物をつくる作業がメインになった。累計数千ページの報告書のアーカイブを紐解きつつ、数十人の同僚にインタビューしながら、所属組織の過去の知の蓄積の概観を掴んでいく作業は孤独ながらもこの上なく勉強になった。
- もう一つの柱がAIだった。恐ろしいスピードで進んだAIの技術と制度の議論の展開を追いかけ、チームの検討内容の一部を担当した。(仕事は別に、一個人としてのAIの進展に関する情報への向き合い方についても課題を感じたため、昨晩ブログにメモをまとめてみた。)
こうした一連の仕事の経験から、何が見えてきて、これから自分に何ができそうなのか。もう少しだけ具体的に言葉にできそうな気がしており、それは来年の課題。
本業以外
今年は、初めて商業誌での仕事の機会を頂いた。
- 『現代思想』2023年7月号の森田真生さん巻頭インタビューの聞き手役。
- 『日経サイエンス』2023年10月号への寄稿:平理一郎さんとの共著記事「脳とAI 溶ける境界 大規模言語モデルが開く脳の理解」と、Scientific American誌からの翻訳記事「脳は内から世界をつくる」を担当した。
- 『日経サイエンス』2023年12月号のBook Review欄に書籍紹介記事「科学をメタに捉える」を寄稿。この中で取り上げた5冊のうちの一冊である伊藤憲二『励起』は今年もっとも印象に残った新刊書。
森田さんとお会いできたのも印象深いし、現役研究者と膝をつき合わせての記事作成は得がたい経験だった。そして、青土社と日経サイエンスの、おそらくは業界を代表する凄腕の編集者の仕事ぶりに触れることができたのが収穫だった(お二人とも本当に凄かった)。研究者との共同執筆については今後も機会があるととても嬉しい。
仕事以外
今年の最大の悔いは、2023年の一年の計としていたPodcast企画を軌道に乗せることができなかったことだ。「ポッドキャスト記憶を学問する」というタイトルで、三村尚央さん、平井靖史さんというゲストをお迎えしての配信を開始することができたものの、その後が続かなかった。いろいろな要因(言い訳)があるが、少し見通しが甘かったと思わざるを得ない。とはいえ、決して諦めてもいなくて、今後は、ポッドキャストの次回を収録するチャンスをうかがいつつ、ポッドキャストという形態にこだわらない活動を細々と続けていけたらと思っている。その精神で、10月には、記憶仲間(?)のサトウアヤコさんのご協力のもと勉強会を開催した。自分からは、9月に逝去したEndel Tulving氏の記憶理論を勉強した内容を発表した。 2024年は、とりあえず「記憶の学問」に関する情報をシェアするXアカウントの運用を続けるのと、いくつかの楽しみな著作が控えているので、そのタイミングを捕まえていくつか活動ができればいいと思う。ご協力いただける方がいれば是非ご連絡ください!!
そのほか、脳科学をテーマにした映画のバーチャル上映会を一回開催した。
家庭に関しては、長女が小学校に入学し、次女が保育園に入園した。なんだかんだいって自分に何が起ころうと、自分に関することで最も顕著な変化は彼女たちの成長なのは、毎年のことながら事実だと思う。
2024年の展望
今年の活動を振り返ると、できること・役に立てるかもしれないこと・やるべきと思われること・興味があること・頼まれたことがごちゃ混ぜになっている。そのなかでの優先順位の付け方に関する葛藤も多かった。
次の一年は、まとまった時間をある方向に投入して、どこまで行けるのかを試してみたいと思っている。24歳のときに最初の就職をして以来の、暗中模索の一年になるかもしれない。やりたいのは、抽象的な言い方をすると、自他の「考えるスペース」を増やし、「お茶を濁す」必要性を減らすこと。日本語圏の知的リソースが、本人たちが心から「それは本当に大事だ」と思える活動に使えるような環境づくりに寄与すること。
写真:今年の正月(一年前)の凧揚げ