重ね描き日記(rmaruy_blogあらため)

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読書メモ:科学哲学の源流をたどる(伊勢田哲治 著)

 

「伊勢田先生の新刊だ!」と思って買ったものの、「え、19世紀の歴史? あまり興味ないかも…」となって積んでいた一冊。

ところが、 先日下記のイベントを(ネット)聴講し、がぜん興味がわいた。

視聴メモ:「科学と科学哲学――はたして科学に哲学は必要なのか?」…必要、ただし困ったときだけ(?) - 重ね描き日記(rmaruy_blogあらため)

読み始めるとこれが面白く、一気に読めた。 

なぜ19世紀~20世紀初頭の歴史を振り返るのか

なぜ科学哲学者の著者が、科学哲学の歴史を振り返るのか。それも、本書が扱うのは直近100年ではなく、そのさらに前の100年間だ。

科学哲学は、「因果とは?」や「実在とは?」などを議論しているが、実際の科学者からすると何を目的にそんな議論を重ねているのかがわかりづらい面がある。科学哲学者にとって重大で面白い問題が、科学者にとってそうでないように見えることがあるのだ。なぜ、このような状況になっているのだろうか。

科学者とのコミュニケーションに苦慮するなかで著者が感じたのが、そもそもこの分野が成立した当初の経緯を知る必要性だった。

「研究伝統としての科学哲学」が、その分野内での議論の歴史を背負っているがゆえに、どういう前提で何を論じているのかがわかりにくくなっている(…)。(…)本書の目的は、そうした歴史的背景を知ることで、今の科学哲学がなぜわかりにくくなっているかをよりよく理解し、科学哲学の今後を考えていく材料とすることである。p.5

本書は、19世紀~20世紀初頭のイギリス、フランス、ドイツ、アメリカでいかに「科学哲学」が興り、それにまつわる人々が何を議論していたのかを調べ上げた一冊となっている。もちろん、そこには教科書的な、わかりやすいストーリーはない。

コント、ハーシェル、ヒューウェル、マッハらがその伝統の発展のカギになったことは間違いないが、19世紀における科学哲学の研究伝統は、彼らを包み込みながら、多様な立場、多様な関心の人々が議論に参加し、いろいろな方向へと広がっていって、おそらくその全貌を把握している人は誰もいない。p.10

科学哲学の源流をたどる6章 

第1章は、「科学哲学」という言葉の出自の話から始まる。「科学哲学」(philosophy of science)は、イギリスの科学者ウィリアム・ヒューウェルが、知人の天文学者ジョン・ハーシェルの著書『自然哲学研究序説』への書評で言及し、またのちに自著で使ったのが初出。もちろん、「科学的方法で確かな知識にたどり着くとは?」といったことについては、デカルトやベーコン、さらにさかのぼればアリストテレスの頃から考えられてきたわけだが、そうした議論に「科学(の)哲学」という言葉をあてたのがヒューウェルだったいうことになる。その後、この「科学哲学」の議論の焦点となったのが「帰納」という推論方法の性質と、科学における「仮説」の役割についてであり、「極端な経験主義」の立場をとっていたJ・S・ミルと、観念の役割をより重視したヒューウェルとの論争が繰り広げられるなどした。

第2章は「サイエンティスト」という語の起源、第3章は「クリティカルシンキング」(つまりは「誤謬論」)としての科学哲学という観点での歴史がたどられる。「scientist(科学者)」さらには「physicist(物理学者)」という用語を考案したのもヒューウェルだったそうだ。

科学が統一性を保ち、各々の科学者や物理学者がお互いの仕事に興味を持ち続けることは非常に重要なことだというヒューウェルの問題意識は、現在から見ても十分頷けるところがある。p.97

ちなみに、マイケル・ファラデーが“scientist”の導入には賛同しつつも、sの音が3つも入る“physicist”はあまりに「不格好」だと嘆いたという、たいへん耳寄りな挿話が挟まれている。

第4章は、教科書的な科学哲学の出発点とされる「論理実証主義」の前段階としての「実証主義」について。実証主義(positivism)はとても広範な概念だが、その「最大公約数的な主張」は、「科学の対象は観測可能なものの法則的な関係に限定する」という主張(p.138)であり、「現象的法則の記述こそが科学の目的であって、目に見えないメカニズムの追求が科学の目的ではない」(p.140)とする立場だという。科学者のあいだで実証主義が広まった背景には、物理学の「活力論争」があった。

活力論争が無意味だと論じて論争を終わらせた一人がダランベールだった。(…)ダランベールにとって活力論争が問題でなかったのは、どうにでも定義できる問題だからではなく、その前提となる「運動中の物体に内在する力」というものがそもそも目に見えず、曖昧で、形而上学的だからだったと考えられる。そして彼は、この立場をとることで力学の発展に大きく貢献することができた。p.146

第5章では、19世紀~20世紀の変わり目における、各国での科学哲学の主要人物と主な論点が概観される。ここは他章にも増して内容を要約することが不可能だが、マッハの中立一元論、ポアンカレの規約主義、デュエムの反実証主義など、その後の科学哲学の議論の鋳型となるような種々の議論が、著名な科学者から提唱されていたことがわかる。

そして、第6章では、ウィーン学団と呼ばれた一群の哲学者が「論理実証主義」を打ち出した時期の前後が扱われる。この章の中心となるのが、本書の出発点といえる問い、つまり「なぜウィーン学団以降の科学哲学は哲学内部の運動になっていったのか、という問題」(p.260)である。

ある意味では「科学者たちが手を引いた」ことが今われわれが知る形での論理実証主義、ひいては科学哲学という専門分野が生まれる一つの要因になったとも言えるだろう。p.261

なぜ、科学者はこの時期に科学哲学から手を引いたのか? 著者は原子論の成功を、それを理解するうえでの一つの「象徴」として挙げている。というのも当時、原子の存在を認めるかどうかが、実証主義と密接に結びついていた。「目に見える現象のパターンを記述するのが科学の仕事」だとする実証主義者と、「見えない原因」を探ろうとする反実証主義者の対立において、焦点となっていたのが原子論だった。そうしたなか、ブラウン運動の観測から原子の個数を推定するなどしたペランの研究が登場すると、原子論が一気に信ぴょう性を増す。当初、原子論をとらない立場だったオストヴァルトやポアンカレは立場を転向し、最後まで認めなかったマッハやデュエムも逝去したこともあり、(数名の例外を除いて)科学者で実証主義をとる人はいなくなった。一方、ウィーン学団を起点として「そうしたテーマについて論じる研究コミュニティが継続性をもった形で成立する」(p.272)ことになり、科学哲学の研究伝統が始まるとともに、科学者のコミュニティとは分離していった。

感想

とにかくディテールが豊富な本で、上の単純化しすぎた内容紹介に比べて、本書の内容は実際はもっとずっと複雑だ。ただ、一筋縄ではいかない複雑な歴史の本のはずなのに、明快さと軽快さが通底しており、何より著者が楽しんで書いていることが感じられて、読み進むのがまったく苦にならなかった。

科学哲学と科学とが分離していった経緯が本書の一番の見どころだと思う。本書で示唆されているように、原子論の成功が、科学者が実証主義、ひいては科学哲学全般から「手を引く」きっかけになったのだとしたら、それでよかったのだろうかという疑問が浮かばずにいられない。というのも、「観測できないものについては科学の対象としない」という実証主義は、原子論が認められたとしても十分保持可能に思えるからだ。原子が新しく「観測可能」になったと考えれば、哲学的立場は手放すことはなかったのではないか。産湯と一緒に赤子を流してしまったのでは?

科学哲学が独自の研究分野として成立したことについて、著者は良いとも悪いとも評価していない。科学者が科学哲学に関与しなくなったことによるデメリットもあれば、同じ問題を議論しあえる専門家集団ができたことによるメリットもあるのだろう。

いち門外漢からすると、すぐにこう考えたくなる。メリットを最大限生かし、デメリットを解消する道はないものか。つまり、1920年代から科学哲学の専門家集団が培ってきた専門的議論を、いま一度科学にフィードバックして、科学者が現在突き当たっている問題を突破するきっかけとできないのか。

私がそんなことを言うまでもなく、科学に科学哲学が「必要」だという声が、科学者の側からもあがっている。たとえば、ループ量子重力理論の提唱者の一人として有名なカルロ・ロヴェッリ氏が、昨年こんな論文を書いている。 

印象に残った一節を引用しよう。

Thus, when Weinberg and Hawking state that philosophy is useless, they are actually stating their adhesion to a particular philosophy of science. In principle, there’s nothing wrong with that; but the problem is that it is not a very good philosophy of science. (訳)ワインバーグやホーキングが哲学は無用だと言うとき、実のところは彼らは特定の科学哲学〔論理実証主義ポパー+クーン〕への執着を表明しているのだ。〔そうした執着は〕原則としては全く構わないのだが、問題はこれがとくによい科学哲学というわけではないことにある。

物理学者のなかには、科学哲学の存在意義を否定して憚らないスティーブン・ワインバーグや故スティーブン・ホーキングのような物理学者がいるが、ロヴェッリは彼らも暗黙のうちに何らかの科学哲学的前提に乗っていて、それに無自覚であることが問題だとする。

この論文は、まさに、第一線の科学者による「科学者にとって科学哲学の素養が必要なのだ」という力強い提言となっている。しかも、ロヴェッリの言っているのは、20世紀を代表する科学哲学者であるクーンやポパー以降の科学哲学であり、なかなかそこまで科学者がフォローするのは大変そうだ(ブログ筆者にとっては未知の領域)。

しかし、本書『科学哲学の源流をたどる』を読んでわかるのは、少なくとも20世紀初頭までは、科学する人々にとって科学哲学を考えるのは当たり前のことであり、関心の中心にすらあったということ。伊勢田先生は、前掲のイベントで「科学哲学は、科学者が困っていなければ、科学者にとっては必要ない」というようなことをおっしゃっていたが、その意味では、19世紀の科学者たちは困っていた、より正確には哲学を考えなくてもいいほど自信をもって頼れる研究のパラダイムを持っていなかった、ということになるのだろう。いま諸分野の科学者が再び「困っている」とするならば、彼らが「科学者にも科学哲学を」と言い始めている状況は、『科学哲学の源流をたどる』を読んだ今、かなり必然性のあることに思える。

 

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本書中、何か所かで、現在の科学哲学の流行として、「自然主義」に言及されている。たとえば、マッハの実証主義は「自然化運動の先駆け」と言えるのではないか、といった指摘がなされている。下記の植原著は自然主義とは何かを知るうえでとても勉強になった。

そもそも、著者の伊勢田氏が科学哲学の歴史の振り返りをしようと思うきっかけになったのが、下記に収められているような科学者との対話だったという。