重ね描き日記(rmaruy_blogあらため)

読書メモ、探求メモなど。

読書メモ:脳はいかにして意識をつくるのか(ゲオルク・ノルトフ 著、高橋洋 訳)

 

脳はいかに意識をつくるのか―脳の異常から心の謎に迫る

脳はいかに意識をつくるのか―脳の異常から心の謎に迫る

 

原題は“Neuro-Philosophy and the Healthy Mind: Learning form the Unwell Brain”。「意識」や「自己」や「アイデンティティ」の脳科学研究を手掛ける著者が、自身の研究のアプローチを一般向けに説明した一冊。原題の「神経哲学(neuro-philosophy)」という言葉に興味を引かれていたが、読むタイミングを逃していた。先日、東京で著者ノルトフ氏の講演があったので出かけていった。「面白かったけどよく分からなかった」というのが率直な感想だったため、会場で割引販売されていた本書を買って読んでみることにした。

結論からいうと、本も難しかった。「意識」については、ここ数年だけでもコッホ、ドゥアンヌ、ダマシオ、トノーニら著名な神経科学者による本が相次いで邦訳されているが、それら「意識の脳科学本」に比べると本書『脳は意識をつくるのか』は難度が高く、私には読みこなせなかった。

それでも、読後の印象を少しメモしておきたい。

***

ノルトフ氏のアプローチとはどんなものか。

本書から読みとれた限りでは、それには三つの特徴がある。

一つは、研究対象を、健康な脳ではなく、不調をきたしている患者の脳(=“unwell brain”)としていること。臨床精神科医でもある著者は、植物状態統合失調症抑うつの患者を対象にしたfMRIなどの脳測定結果をもとに、「意識」「自己」「アイデンティティ」にまつわる仮説を打ち立てていく。病理への着目という点では、同じく臨床医であるトノーニ氏とも共通しているかもしれない。

二つめの特色は、脳の「安静時状態」に着目している点だ。「意識」の研究というと、心に何らかのイベントが生じた時点(ex: 両義図形の解釈が変わったときなど)の脳活動を捉えようとするのが普通だと思うが、ノルトフ氏はあえて「何もしていない」ときの脳に着目する。安静時の脳活動を測ると、ある部位(脳の中央付近の大脳皮質)において、うつ状態統合失調症に特有の活動パターンがある。また、同じあたりの脳部位の安静時活動は、植物状態の患者の意識レベルと相関する。さらに、その部位は、「自己」に関する刺激(その人の名前を呼ぶなど)にも特異的に反応する。そうした事実から、これらの脳部位の安静時脳活動が意識や自己を生み出す条件を用意していると考えられる。著者はこれをNCC(Neural Correlate of Consciousness)ならぬNPC(Neural Predisposition of Consciousness、訳は「意識の神経素因」)とみなすことを提案している。NCCからNPCに視点を移すことは、一見、目的から遠ざかるようにも思えるかもしれないが、個人的には正しい方向性に思える。意識は四六時中あるものだし、精神病の当事者の気持ちは分からないにしても「気分が変わる」という経験なら誰にもあり、そうした「意識の変化」の背後にある脳のベースライン状態の変化に関心が向かうのは自然なことだと思う。

最後の、そして最大の特色は、「哲学」を著者が頻繁に持ち出すことだ。ノルトフ氏は、本書の「精神病患者の脳の安静時脳活動を調べる」というアプローチが、心の哲学を書きかえる可能性をもつというような主張を繰り返している。たとえばこんな記述。

内因性の脳活動とその空間/時間構造を、意識の神経素因としてとらえることで、何世紀も議論され続けてきた心脳問題を検討するための新たな方法論的アプローチを考案できるだろう。このアプローチは、哲学的に心脳問題を考察するために心を方法論的出発点として措定する方法を、脳とその内因的な特性を出発点に据える方法で置き換えられる。(p.82)

何となくわからないでもないのだが、(1)この著者の立場が哲学的にどんな立場なのかが今一つわからない(個人的には、大づかみに言えば心を脳に還元することでハードプロブレムを消去する立場のように思った。が、違うかもしれない)、また、(2)本書で著者が示している症例や実験結果が、著者のいう「新しい哲学」へなぜ帰結するのかの論証のステップがよくわからない、という難しさがあった。

訳者解説によれば、ノルトフ氏は母国ドイツの現象学系の哲学だけでなく、日本の木村敏の著作などにも通じているそうだ。カントに由来するような「心はどれくらい時間・空間の枠組みをアプリオリにもつのか?」といった問題意識や、木村敏の「精神病患者の時間論」に、脳科学的にアプローチできるのだとしたらすごいことだと思うし、本書はそれをやろうとしているようにも読める。ただ、私には残念ながら本書からはそれがどの程度できているのかを読み取ることができなかった。「モチベーションが共感できるし結果も面白いのだが、そこに至る道筋が読み取れない」という読後の印象は、津田一郎先生の本を読んだときにも似ていた。

今後ノルトフ氏のような観点をもつ研究者が増え、より平易な著作が出されることに期待したい。

 

f:id:rmaruy:20170625205628p:plain

ノルトフ先生にいただいたサイン(メッセージは“happy self and consciousness!”)。笑顔が素敵な方でした。