rmaruy_blog

読書メモなど

探究メモ:脳科学は記憶の仕組みをどこまで解明したのか? 〈第0回:連載を始めるにあたって〉

このブログは、筆者が趣味で読んだ本(たいていは一般向けの科学書・哲学書)の感想を中心に、備忘録として書いているものです。

このあと数回の投稿では、特定の本の紹介ではなく、ある一つのテーマの文献をあれこれ調べ、自分なりに分かったことを書いていきたいと思います。

テーマは、「記憶の脳科学です。

今回は「第0回」として、なぜこのテーマで記事を書こうかと思ったかと、自分なりの問題意識および方法について述べます。

f:id:rmaruy:20170207075558j:plain

記憶研究が今、すごいことになっている?

筆者は、学生のころから「記憶の脳科学」へ関心がありました。大学院で在席していた研究室は、脳の海馬を対象とした理論研究をテーマの一つとしており、ネズミの脳を使って記憶(など)の研究をしている生物系の研究室と一緒に、論文や教科書を読んだりしていました。5年前に大学院を出てからしばらく遠ざかっていたのですが、いま改めてこの分野の状況を知りたくなりました。

というのも、最近、この分野で目を引く研究成果によく出くわすようになったからです。近年、下記のようなプレスリリースが出されています。

これらの見出しからは、記憶研究な相当な段階まできていることが分かります。

また、昨年出版された『つながる脳科学』(講談社)の中で、利根川進氏は次のように書いています。

記憶の研究は、「新しい時代(new era)」に入った、と言われています。かつては、非常に大雑把な方法でしか記憶の研究はできませんでした。それが今では、非常に正確かつ精密に研究できるようになっていますし、しかも細胞レベル、遺伝子レベルで記憶を操作できるようにまでなったのです。(p.56)

記憶の仕組みの解明だけでなく、記憶を消したり、書き換えたりといった、SFのような話が現実化しようとしていると言います。

しかし、こうした表現に、筆者は若干違和感を覚えたのも事実です。

筆者が一学生として脳研究をフォローしていたのは5年ほど前です。あくまで個人的見解となりますが、当時、脳が記憶する仕組みは「ほとんど分かっていない」段階にあったと言っていいと思います。いかに実験手法のイノベーションが起こっているとは言っても、たった数年でそこまで大きな変化があるとは思えません。

とはいえ、研究者たちが嘘の発表をしているわけではないとすれば、どういうことなのか。答えは当然、プレスリリースの見出しの背後にあるディテールの部分にあるわけです。じっさい、上であげたプレスリリースの本文を読むと、これらの研究が明らかにしたことは記憶の一側面であり、ある特定の実験動物の、特定の種類の記憶のみを扱ったものであることがわかります。なので、さきほどの利根川先生の言葉やプレスリリースの見出しから私たちが受ける印象ほどには、分かっていること多くないと考えられます。

そこで、一度立ち止まって、いまどこまで記憶が解明されているのかを、一素人の目線で見定めてみたい、と思いました。

記憶を解明するとは?

一口に「記憶を解明する」と書きましたが、これだけだと意味が曖昧です。記憶には心理学的にいくつもの種類があるし、どのような説明をもって分かりたいか、ということにもいくつかの選択肢があるためです。

このブログでは、仮に、記憶研究の最終目標を次のことだとしてみます。

「過去の具体的なエピソードの記憶がヒトの脳内でどのように表現されているかを、それを自由に書き換えられるくらいの精度で解明する」

たとえば、「私は朝ごはんに納豆を食べた」や「私は大学の卒業旅行でインドに行った」という記憶は、脳内の何らかの機構で保持されているはずで、それを思い出すことに対応する何らかの脳内活動があるはずです。(そんな対応があることは自明じゃないという哲学の議論もありえますが、ここではおいておきます。)

ここでコンピュータと比べたくなります。人間の設計したコンピュータなら、メモリを書き換えることで、自由に記憶を書き換えり消去したりできます。

f:id:rmaruy:20170207082149j:plain

これと同じことを、電気刺激や薬物を使って脳でできるためには、コンピュータのメモリの仕組みと同じくらいの精度で、脳内の記憶のメカニズムについて知る必要があると思います(むしろ、それができたことをもって、記憶のメカニズムが解明されたとなるのかもしれません)。

f:id:rmaruy:20170207082206j:plain

数時間前の朝ごはんのメニューや、数年前の旅行先といった、個別の記憶の在り処を突き止めるのを最終到達点としたとき、今の脳科学はどこまでそこに接近しているのか。

そんな大雑把な問いを出発点に、少し勉強してみようという趣旨の試みになります。

今後の記事でやりたいこと

資料としては、一般向けに書かれた科学書、プレスリリース、無料で公開されている総説論文などを使う予定です。原論文には、一部を除いて原則として当たらないと思います。理由は、アクセスしづらいことと、筆者に読み込む力量がないことです。

また、専門家のチェックを受けずに書くので、間違った解釈で書いてしまう可能性がかなりあります。高望みにすぎると思いますが、もしこのブログを読んでくれた専門家の方がいて、内容への訂正や指摘をいただけたら大変嬉しいです。

一方で、一般の読者が普段見ないようなものにも目を通すことには心がけるつもりです。そのことで、1次情報としての研究成果が、一般向けに広報されていく過程でどのように加工されていくか(=盛られていくか)を浮き彫りすることはできるかも、と期待しています。

具体的に扱いたいと思っているのは、下記のような内容です。

  • 記憶研究の中心的仮説とされる「セルアセンブリ仮説」とは何か
  • 記憶改変の技術はどこまで進んでいるか
  • 人工知能の「記憶」は脳の記憶をどこまで模倣しているか
  • 記憶研究の第一人者たちは、どのように解説しているか

これらに「答えを出す」というよりは、「調べて分かったこと/分からなかったことを羅列する」という形になると思います。

どこまでできるか分かりませんが、もし読んでくれる方が一人でもいたら嬉しいです。