rmaruy_blog

読書メモなど

探究メモ:脳科学は記憶の仕組みをどこまで解明したのか? 〈第4回:Kandelの「徹底した還元主義的アプローチ」とその限界〉

前回は、「記憶の物理的実体(=エングラム)はシナプスにある」という考え方を紹介しました。それとともに、シナプスのレベルだけでなく、より小さな分子レベル、あるいはより大きな細胞集団のレベルなど、異なる階層ごとにエングラムを見出しうることも指摘しました。

【補足】 ×「統一見解」→○「暫定的な見解」

前回の記事では、上記のような考え方を「統一見解」として紹介したのですが、この点についてあるコメントをいただいたので、本論に入る前に触れておきたいと思います。

海馬の記憶メカニズムを第一線で研究されている@Kazu_ZT先生に、今後の内容についてtwitterで質問をしました。それに対するたいへん丁寧な回答をいただくとともに、「あくまで個人の考え方です」とされたうえで、次の旨の指摘をいただきました。

  • 「いまだ記憶のメカニズムは謎だらけ」であって、「現在の「エングラム」の見方も、今までの研究で利用された学習課題でのみ通用するもの」であること。

現役の研究者にこのような意見をいただいたということは、「シナプスの集団がエングラムである」という考え方は、とても「統一見解」とは言えないようです。むしろ「暫定的な見解」くらいに捉えておいたほうが良いのかもしれません。ついでに言えば、「エングラム」という言葉の使い方も一様ではないようです。たとえば、今回取り上げるKandel氏は、筆者の知る限り「エングラム」という言葉をそもそも用いていません(…なぜでしょうか?)。

このように、ごく基本的な部分ですら、記憶のメカニズムには確かな合意が存在しないということは、肝に銘じておきたいと思います。これはある意味、すごく面白いことだと思います。たとえば「意識」のように「難しすぎて扱われてこなかったテーマ」であれば未解決なのは納得できますが、100年以上前から研究者たちが継続的に取り組んできたにも関わらずまだ根本的なところで謎が残っているというのは、「記憶」という研究テーマの奥深さを物語っている気がします。

とはいえ、「シナプス可塑性が記憶のメカニズムの根本にある」とする見方を、現在の多くの研究者が共有していることは事実だと思います。今回は、そうなってきた経緯を見ていきます。

シナプス可塑性というアイディア

シナプス可塑性」というアイディア自体はいつからあったのでしょうか。

この話題になるとまず挙がるのが、Donald Hebb(ドナルド・ヘブ)という心理学者と、彼の1949年の著作『行動の機構』です。実際、可塑性をもつシナプスは「Hebbシナプス」とよばれたりします。しかし、この『行動の機構』は、いざ読んでみるとかなり難解な本で、Hebbの理論的貢献がどこにあるのかも分かりにくいところがあります。Hebbの理論は、「Hebbシナプス」よりも「セルアセンブリ」という考え方に力点があるように思うですが、意図的か意図せずか両者が一緒くたに引用されているケースが多い気がします。さらに個人的印象になりますが、脳科学におけるHebbの業績の扱いは、この分野の進み方を象徴しているような気がしています。それは、「過去の研究者がスペキュレーション(想像的な推論)に基づいて構想した概念を、都合良く参照しているうちにいつしかそれが既成事実化され、その上に新しい実験の解釈が積み重なっていく」というあり方です。これはまったく素人の感想にすぎないのですが……。

ともかく、一つはっきりしているのは、「シナプス可塑性」という考え方自体はHebbのオリジナルではないということで、神経細胞ニューロン)の発見者であるCajal(カハール)が1894年の講義で明確にその機構の可能性を予言しており、1948年にKonorskiという人が"synaptic plasticity"という言葉を初めて用いたとされています。

このように、シナプス可塑性のアイディア自体は、ニューロンの存在と同じくらい古くから考えられていたようです。しかし、実際にシナプスが可塑性をもつかどうかは、長らく明らかにされていませんでした。

シナプス可塑性の存在はどう証明され、記憶メカニズムの主役だとみなされるに至ったのでしょうか。

どの本を読んでも必ず紹介されているのは、

  • Eric Kandel(エリック・カンデル)のアメフラシの研究
  • Bliss&Lomo(ブリス&レモ)のLTPの発見

です。今回は主に前者についてみてきます。

Kandelの戦略

シナプス可塑性を初めて証明したのは、ポーランド出身のユダヤ人の神経科学者Eric Kandelであるとされます。Kandelの名前は、『カンデル神経科学』という教科書の著者として広く知られています。筆者の在籍していた大学院でも、この教科書を輪読していく講義がありました。

Kandelの研究については、彼の自叙伝がとても参考になります。 

In Search of Memory: The Emergence of a New Science of Mind

In Search of Memory: The Emergence of a New Science of Mind

 

 Kandel先生は今でこそ細胞生理学の権現のような人ですが、最初は精神分析の臨床医だったそうです。もともとフロイト精神分析に魅せられていた彼は、「エゴ」「イド」などの心の働きが脳でどのように実現しているのかという興味から、細胞生理学の道に入っていきます。しかし「自我」や「意識」などを生物学的に扱うのは時期尚早であると感じた彼は、「記憶」を生涯の研究テーマとすることに決めます。なお、この自伝で筆者が好きなエピソードがあります。Kandelは利根川進氏との交流があり、共著論文も書いたことがあるそうなのですが、免疫学でノーベル賞をとり、次は脳科学、それも「意識」をターゲットにしようとしていた利根川氏に対し、「意識はまだ難しいよ」と進言したのは他ならぬKandelだったそうです。

さて、Kandelが記憶の研究を始めた当時、患者HMの研究成果(Scoville & Milner 1957)が一世を風靡していました(HMについては昨年出た"Patient H.M. " (by Luke Dittrich)という本が大変面白いです。読書メモはこちら)。HMの症例が明らかにしたのは、どうやら記憶の形成には「海馬」が重要だということで、当時一般的であった記憶の非局在説に疑念を突きつけた点で大きなインパクトがありました。

そこで、Kandelも海馬の細胞生理学を始めます。やってみると、ニューロン自体の性質は、海馬も他の脳部位と変わったところがないことがわかります。そこで、Kandelはむしろ神経細胞同士の「つながり」が重要なのではと考え、「シナプス可塑性」を、記憶のメカニズムとして有望視し始めます。

しかし、当時の技術では、Kandelが扱っていたネコの海馬ではシナプスの研究を行うのは困難でした。そこで、彼が言うところの「徹底した還元主義的アプローチ」(radically reductionist approach)を取ります。具体的には、アメフラシ――グーグル画像検索などすると出てきますが、ナメクジみたいな軟体動物です——を使うことにしたのです。その理由は、ニューロン数の少ないことと、ニューロンのサイズが大きいことでした。当時アメフラシを研究していたのは世界2人しかいなかったそうで、そのうちの一人のフランス人Taucに面会を申し込み、共同研究を始めます。

アメフラシの潜在記憶の研究

シンプルな動物とはいえ、アメフラシにも記憶があります。具体的には、単純な非連合学習と古典的条件付けを行うことが知られています。ここで、「学習」と「記憶」の違いが気になるところですが、Kandelは「過去の経験によって行動を変えるのが学習」であり、「それが持続すれば記憶である」というようにあっさり説明しており、ここでは両者はほぼイコールと考えてよさそうです。

そうした「学習=記憶」の一つは、例えば次のようなものです。アメフラシの「水管(サイフォン)」とよばれる部分を刺激すると、アメフラシは驚いて「エラ」を引っ込めます。この行動は「エラ引き込め反射」 (gill withdrawal reflex)とよばれます。ただし、刺激が弱い場合には引き込めは起こりません。

f:id:rmaruy:20170221161834j:plain

アメフラシで知られている「古典的条件付け学習」では、ここに尾(tail)への刺激を組み合わせます。何度か「尾を刺激→水管を刺激」という順序での刺激を繰り返すと、尾を刺激した後での水管の刺激が弱くても、エラ引き込め反射が起こるようになります。

f:id:rmaruy:20170221163353j:plain


この効果がかなりの時間保持されることから、ある種の「学習=記憶」としてみなせる、ということになります。

このようなアメフラシを使うことに決めたKandelは、一度「行動」の部分は忘れて、純粋な電気生理学をやりました。つまり、アメフラシを解剖し、その神経細胞に電極を刺して、シナプスの性質を調べたのです。すると、二つのニューロンの間に、過去の刺激に応じた結合性の変化(具体的にはsensitization、habituation、classical conditioningに相当する変化)が起こることがわかりました。これが、シナプスが可塑性をもつことの初めての証明となります。

この可塑性は、実際にアメフラシの「記憶」に関わっているのか。それを確かめるためにKandelが次にやったことは、

でした。この作業に10年以上の歳月を費やし、記憶を研究するにふさわしいアメフラシの「行動」と、それに関与している神経経路を突き止めていきます。

その一つが、先に挙げたエラ引き込め反射の古典的条件付け学習でした。この行動には、「水管からの感覚ニューロン」、「エラにつながる運動ニューロン」、「尾の感覚ニューロンから接続を受ける介在ニューロン」の三つが関わっていました。

以下はかなり単純化した説明です。

f:id:rmaruy:20170221164311j:plain


まず、水管の感覚ニューロンに入力があると、シナプスに伝達物質(グルタミン酸)を出し、エラの運動ニューロンに伝わります。

f:id:rmaruy:20170221164331j:plain


このシナプス付近には尾からの介在ニューロンも軸索を伸ばしており、尾からの入力に際してセロトニンという物質を放出します。このセロトニンがあると、水管→エラのシナプスが強化(促通、facilitate)されます。それにより、弱い水管への刺激でも、尾への刺激と組み合わさることによって、エラ引き込めが起こります。

f:id:rmaruy:20170221164356j:plain

Kandelは、このメカニズムを「異シナプス性促通」とよび、短期記憶の仕組みであるとみなしています。つまり、セロトニンが放出されている」という状態が、「尾が刺激された」という「記憶」の実体である、ということになります*1

その後、Kandelはこのセロトニンがどう作用しているのかを詳細に調べていき、細胞内の「セカンドメッセンジャー」の機構を突き止めたり、この学習が長期記憶になる仕組みとしてタンパク質の合成により新しいシナプス結合が作られる機構も明らかにしたりしています。そうした一連の研究に対して、2000年にKandelはノーベル医学・生理学賞を受賞しています。

以上は、「世界で初めて、ある特定の記憶のメカニズムを、細胞生理学レベルで明らかにした研究」と言えます。目の付け所といい、徹底的に調べつくす根気といい、驚くべき業績だと思います。

特筆すべきは、アメフラシの場合、行動レベルでの学習と、ニューロンレベルでの「学習」が一対一で対応している、ということです。どういうことかと言うと、

       ↓

  • 「細胞Cが、細胞Aと細胞Bの連合を学習した」

のように、「刺激」や「行動」という主語を、「ニューロン」に置き換えることができるということです。こうした対応関係を、Kandelは"neural analogs of learning" ――直訳すればニューロンにおける学習の類似物」——と呼んでいます。このアナロジーが成り立つために、「尾の刺激→水管刺激」という「記憶」の「エングラム」が、特定の三つの細胞が関与するシナプスの強度――さらに言えば、その細胞内の分子の振る舞いとして――完璧に突き止められた、ということになるのです*2

カンデルのアプローチの限界

さて、次に気になるのは、アメフラシの「記憶」が、もっと複雑な、私たちが興味のある種類の「記憶」とどれくらい共通しているのか、ということではないでしょうか。

シナプス可塑性」という仕組み自体に関しては、他の動物・他のニューロン・他の学習課題でも関与していることが次々に明らかになっていきました。その口火を切ったのが、BlissとLomoがネズミの海馬の標本スライスで長期増強(LTP:long term potentiation)という現象を発見したこととされています。LTPはほとんどの教科書に出てくるのでここでは割愛します。LTPやその他のシナプス可塑性が、様々な動物の様々な記憶に関わっている事例が、今日まで数多く明らかになっています。

とはいえ、カンデルがアメフラシで行った手法で複雑な記憶が説明できるかというと、そうは思えません。それは、筆者が思うに、それらの複雑な記憶では、Kandelの言う"neural analog"が成り立たないからです。たとえば、「哺乳類のエピソード記憶」ともなれば、アメフラシの反射行動とは比べ物にならないほど多くの細胞が関わっているはずだし、その細胞も生得的に決まったものではないと考えられます。

したがって、単一のシナプスではなく、「シナプスの集団」という階層を見ていく必要が出てきます。Kandelの言い方を借りれば、"neural circuit analogs of learning" (=学習の神経回路的類似物)が必要、などと言えるでしょうか。

 

おわりに

以上、記憶研究の一つの成功事例とされるKandelのアメフラシの研究について、簡単に見てきました。Kandelのアプローチは画期的であり、非常に多くのことを明らかにしました。その後Kandelは、1990年代にはアメフラシの研究に一区切りをつけ、ネズミの海馬などへフィールドを移してきています。そこでも、アメフラシで用いた生理学的・細胞分子学的アプローチは多くを明らかにすると思いますが、複雑な記憶に関しては、うえで述べたような理由から、アメフラシの学習のときのような「完全な解明」は無理だと考えられます。

そこでカギとなるのが、Hebbが提案したもう一つ仮説、「セルアセンブリ」です。最近の記憶研究は、主にこの「セルアセンブリ」のレベルでエングラムを探すものに移っているようです。

次回からはいよいよ、現代の記憶研究を見ていくことにします。

*1:なお、ここまで書いて何なのですが、この説明には腑に落ちないことが一つあります。尾と水管の刺激が「結び付けられる」のが古典的条件付けのはずで、「尾と水管の刺激のタイミングが同期していることによってシナプスが促通する」メカニズムが必要だと思うのですが、それについて説明されていない点です。長期記憶のメカニズムも含めて、どの文献を読んでも、そこの説明がどうなっているのかを突き止めることができませんでした…。

*2:ただし前述のようにKandel自身はエングラムという言葉は使っていません。