私は大学では主に物理学を学んだのだが、「一般相対論」は4年間のカリキュラムの最後に出てくる「裏ボス」的存在だった。
「ラスボス」ではなく「裏ボス」なのは、一般相対論は必修科目ではなく、講義自体も「紹介程度」のものだったからだ。とにかく一般相対論は難しい。そのうえ量子力学や統計力学などと違って、それ自体をその後の研究や仕事に使う学生は少ない。だから、物理学科のカリキュラムのなかでは実は扱いが小さい科目なのだ。
とは言っても、やはり一般相対論には特別な魅力がある。時間と空間が一体を成して歪んでいる? その時空の歪みこそが「重力」? 「ブラックホール」という天体の存在をも予言するらしい。そして、そんな常識破りな理論のほぼすべてを、アインシュタインという一人の物理学者が生んだという。まさに理論物理学の凄みが詰まっている。一般相対論を理解したいという気持ちは、物理学を志す学生の主要なモチベーションの一つに違いない。
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一般相対論を理解したい。それにはどうすればいいか?
一つには、「歴史をたどる」という方法が思いつく。アインシュタインの思考の過程をなぞるのだ。彼の時代のどんな実験がどんな予想を導き、そこからどんな必然性をもって彼はあの一般相対論をつくったのか。それを一つ一つ読み解いて……いくのはたぶん無理だ。他の物理理論ならともかく、一般相対論を思いついたアインシュタインの思考は天才的飛躍に満ちていて、常人にはトレースできないだろう。
だから、私たちはもう一つの方法をとる。アインシュタイン以降、多くの物理学者が整備してきた道=カリキュラムをたどるのだ。まず力学、電磁気学、特殊相対論を学ぶ。そののちに一般相対論のコアにある発想を理解したうえで基礎方程式を与えられ、式変形をある程度重ねることで基礎方程式が実際に前段の力学・電磁気学・特殊相対論と接続していることを確認する。そして「水星の近日点移動」などの観測と一致していることを教えられる。これが「4年コース」の理解の道になる。
登山でいえば、前者(=歴史をたどる)は先駆者が切り開いた「茨の道」を探すこと、後者(=カリキュラムをたどる)は皆で整備した登山道を歩むことにたとえられるかもしれない。「茨の道」はたぶん迷子になるから、みんな登山道を選ぶ。
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たしかに、登山道を進んでいけば、一応山頂らしきところにたどり着ける。その道なりにもある程度詳しくなって、たとえば「光速不変の原理からローレンツ変換を導く」ことが難なくできるようになったりする。しかし、若干の不安は残る。登山道から一歩踏み外したら迷子になってしまうのではないか。そんな状態で、はたして自分は本当に分かっているのか? 山頂にたどり着きさえすれば、「分かった」と言えるのか?
こんな不安を抱えながらも、おそらく多くの物理学の学生、そして教師も、道から踏み出さない。踏み出せない。一般相対論という山はそれほど険峻なのだ。
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本書『ブラックホールと時空の方程式:15歳からの一般相対論』は、一般相対論の山頂を知る理論物理学者が、あえて一度ふもとに降り、自力でルートを開拓して再度登頂した一冊となっている。最短ルートを目指しているので、「4年コース」が一冊にまとまっている。しかも、その道中では適宜立ち止まって周りの景色を指し示してくれる。そのことで、足元だけでなく、おぼろげながら「山」の全体像も見えてくる。既成の道をたどるのとは一味違う、理解の手ごたえが得られる。そんな、いままでにない「一般相対論入門」になっている。
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ルート開拓の苦労はもちろん、並みたいていのものではなかったと思われる(実際そうだったことを知っている)。「4年コース」を一冊の本、しかも「15歳からの」を謳う本にまとめるには、アクロバティックな工夫がいくつも必要だった。その一つが、最初に「シュヴァルツシルト解」と「三平方の定理」を並べて提示して、両者の違いをいくつかの数学的操作に分解して一つずつ解説するという方法だし、もう一つは、特殊相対論の速度の合成則の奇妙さを「足し算のバリエーション」として理解しやすくする工夫である。その他、著者が苦闘の末に編み出したオリジナルの説明方法が本書にはたくさんあり、その一つ一つのブレイクスルーが、本書を可能にしている。
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抽象的な紹介になってしまったが、とにかくこれまでにない物理の本になっていることが伝われば嬉しい。本当に15歳の読者にも背伸びして読んでみてほしいし、かつて一般相対論という「裏ボス」に挑んで「分かったような分からないような」気になった方にも、ぜひ本書でもう一度登攀に挑んでみてほしい。
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(追記1)英語の紹介文:
(追記2)第1章の全文公開: