重ね描き日記(rmaruy_blogあらため)

読書メモ、探究メモなど。

読書メモ:文化進化論

文化や歴史や経済などの背後にある「法則」を知りたいというのは、多くの人が一度はもったことのある願望なのではないかと思う。

「なぜ梅雨になると雨が降るのか?」とか「なぜ歳をとると髪の毛が白くなるのか?」などの自然界の現象であれば、科学である程度説明でき、僕らはその説明に一応は納得する。しかし人間の心理や社会が絡む問題はそうはいかない。なぜ特定の習慣が特定の国や地域に根付いたのか、ファッションや芸術の流行はどのようなメカニズムで生じるのか。(あるいは、なぜ多くの人に読んでもらえるブログ記事とそうでないものがあるのか。同じくらい頑張って書いているのに…。)そうした疑問に対して、自然科学のように「理論」や「法則」を使って説明をつけるのは難しそうだ。

もちろん、数理を使って人間の行動を研究している人々がいることは周知の事実だろう。たとえば昨年出た『ソーシャル物理学』という本では、人と人のつながりを数理モデルで解析した豊富な事例が紹介されていた。でも、こういう研究にはどこか「苦しさ」も感じられる。「うまくモデルに当てはまることは分かったけど、それ以外の説明もあるのでは?」「そのモデルに当てはめたうえで、それで何がわかるの?」という疑問が浮かんでしまう。やっぱり、そこには自然科学的アプローチの限界があるのではないか、と思ったりする。

 

そんな素人の予断を、見事に払拭してくれる本が出た。 

文化進化論:ダーウィン進化論は文化を説明できるか

文化進化論:ダーウィン進化論は文化を説明できるか

 

「文化進化論」とは、人間の「文化」のありようを、生物進化の原理で理解・説明しようという研究プログラムのことだ。ここで言う「文化」には、習慣・技術・言葉・産業など、幅広いものが含まれる(そして本書9章で著者が述べるところによれば、人間以外の動物も「文化」と呼べるものをもつ)。本書では、石器時代に人が開発した矢じりの形状から、アフリカの民族の婚姻時の贈り物の風習、赤ちゃんの名づけの流行、学術コミュニティ内での科学的アイディア継承などなど、いろいろなものを対象にした研究が取り上げられ、文化進化論の有用性を示す事例として紹介される。

しかし……。

「文化を生物進化の原理で説明する」と聞いた時点で、頭の中に黄色信号が点る人は少なくないはずだ。

進化論は生物の進化を説明するための理論であって、それを文化に適応するのは誤りなのでは? かりに説明できる事象がいくつかあったとしても、あえて生物進化の原理を援用することにどんな意味があるのか?

この本が凄いのは、そのような批判をばっちり意識して、磐石の準備で迎え撃っていることだ。

ポイントは二つあると感じた。

まず1点目。著者によれば、文化進化論と聞いて多くの人が身構えてしまう理由の一つに、20世紀初頭にスペンサーなどが唱えた「社会進化論」の影響がある。スペンサーは「進化論」という言葉を、本来のダーウィンの意味の進化論とはかけ離れた意味で使っており、科学者の悪評を招いた。しかし、1980年代ころに誕生し今花開きつつある文化進化論は、それとは全く違うものである。そのことを著者は複数個所で強調する。

2点目は、生物進化とのアナロジーが成り立つ範囲を、あらかじめ注意深く線引きしていること。著者によれば、ダーウィンの進化が起こるための3要件:「変異」「生存競争」「継承」は文化の進化にも存在する(後者二つは普通は「自然選択」「遺伝」という。この言い換えはなるほどと思った)。一方、生物進化とは明らかに異なる点として、文化進化は「ラマルク的進化を許すこと」「必ずしも無目的ではないこと」「情報の担い手が遺伝子のような微粒子ではないこと」を挙げる。このように、類似点・相違点を見定めた上でなら、有効な研究手法となりうるのだ。ここをきっちり書いているので、読者としても「確かに進化論で語れる部分もありそうだな」という気になってくる。

進化論の原理を使って文化を研究する「意義」については、著者は繰り返し「統合」という言葉で説明する。これは、ばらばらに見える諸現象を、いくつかの共通のボキャブラリー(「収斂進化」や「内容バイアス」や「浮動(drift)」など)によって論じられるようになることを指している。また、「進化」の枠組みには、ミクロな現象とマクロな現象を統合する力がある点も強調されている。

このように、可能性・意義を明確にした上で、実際にどんな研究が行われているのかを、その手法ごと(実験なのか、調査なのか、数理モデルによる研究なのか)、対象のスケール(習慣の進化などのミクロなものから、帝国の勃興や産業の盛衰などのマクロなものまで)ごとに紹介していく。

それぞれにどれくらい説得力があるかは、ぜひ読んで判断して欲しいと思う。

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一冊の入門的学術書として、かなりの力作だと感じた。

学問的アプローチの有効性自体を説得するという難しいことにチャレンジしている点。なおかつ、新しい学問が胎動しているワクワク感を伝えることに成功している点。アメリカの科学書によくある、面白い(けどあまり本質的でない)エピソードがまぶされた啓蒙的入門書と違って、むやみに枝葉を張らずに、本質を伝えることに注力している点。しかも、だからといって小難しくならないバランス感。

まだ30歳前半と若い著者なので、これからもたくさん書いてくれると思う。次回作では文化進化論のどんな成果が披露されるか、楽しみだ。