ビジネスメールの書き方,企画書の書き方,小説の書き方,論文の書き方……「どうやって書くか」を扱った本は多い.これまで僕もたくさん読んできたが,意外にも「学術書の書き方」は初めてだった.テーマとして盲点だったのかもしれない.
本書を書くにふさわしく,著者は大学出版のベテラン編集者だ.いまの時代に学術書を書く意味から,学術書を書く際のノウハウ,入稿するときの実務的な注意点まで,学術書を書く人が知っておくとよいことを丸ごと指南する内容になっている.
何のための学術書か,という話からはじまる.学術書の役割は変わってきている.「出版」が学術コミュニケーションの唯一の手段だった一昔前と違って,いまでは研究業績は(多くの場合オンラインの)ジャーナルへの投稿論文数で測られるし,専門知識の多くはネットで調べられる.それでも,大学や企業の学者・研究者には学術書を書く意欲が高い人が少なくなく,また学術書を買って読む読者もそれなりにいる.著者は,現代における学術書の役割を「専門知の越境」や「体系的な血肉化」などのキーワードで論じ,そのうえで意義のある学術書を書くためにどうすればよいかについて,たとえばこんなふうに書いている.
筆者は,原稿にコメントするとき,著者の専門の「二回り外」「三回り外」にいる読者が関心を持ち,著者の主要なメッセージが理解できるように,などの表現をするようにします.(略)その上で,では何が必要か,構成や記述の工夫,適切な解説や視覚的イメージの利用など,読者に応じた具体的な提案をするようにしています.その結果,専門領域にもよりますが,一般の選書や新書に比べて「歯ごたえのある」内容になったもの,つまり専門性は高く,初学者が完全に理解するのは大変だが,概ね内容が摑めると同時に,学問的な意味での困難さが感じ取れる内容のものが,よく受け入れられているようです. (p.43)
後半部では,目次の立て方・書名のつけ方・索引やコラムの役割についての考え方などを,具体的に指南していく.可読性を下げる要因となる「重複」を減らすための工夫や,専門用語をとっつきやすいものにする工夫など,すぐに応用できそうなアドバイスも多い.
これから学術書を書きたい人に役立つのはもちろんだが,すでに学術書を書いたことのある人にとっても発見が多い本なのではと思う.でも,この本を一番重宝するのは僕ら編集者かもしれない.3年ほどの実務を通してなんとなく分かってきた暗黙知的なことや,普段自分が著者に伝えようとして伝えきれずに苦しんでいることが,綺麗に言語化されていて,目から鱗が落ちること激しかった.いまこの本に出会えてよかったと思うと同時に,同業者のなかで自分だけが読めるのならもっとよかったのに...という器量の小さい思いに駆られるのは,優れた実用書の証だ.