著者のマリオ・リヴィオ氏は天体物理学者。一流のポピュラーサイエンスの書き手としても知られている。
今回のテーマは「好奇心(curiosity)」。自身を「とても好奇心がある人(a very curious person)」と評価する著者は、「知りたい」という気持ちに駆り立てられて物理学者としてのキャリアを築いてきた。そして、ここにきて、その好奇心は、彼自身の好奇心そのものに向かったのだという。
「好奇心というのはいったい何なのか?」
この疑問だけを出発点に、著者は探求を開始する。
決して片手間の仕事ではなく、本気の文献調査・専門家へのインタビューがなされている。心理学における好奇心の定義、神経科学が手掛け始めている好奇心をめぐる脳の研究、進化学の視点から見た人間の好奇心の起源。そうした多分野の知見を手広く調査し、一冊にまとめている。執筆には数年間かかったという。
たとえば、本書ではこんなことが紹介されていく:
- 好奇心にもいろいろある。心理学者ダニエル・バーラインは、「知覚的好奇心(perceptual curiosity)」と「認識的好奇心(epistemic curiosity、いわゆる“知的好奇心”)」とを対比したが、前者は子どもで大きく大人になるにつれて減少することが知られている一方、後者は大人になっても減退しない。
- 好奇心には、不確実性や情報の欠如を解消するといった忌避的なメカニズムと、新しい環境を探索すること自体がうれしいという報酬のメカニズムが関係しており、fMRIを使った脳研究からもそれが裏付けられている。
- チンパンジーと人の幼児を比較した研究からは、因果を問う(「なぜ?」を問う)のは人間だけであることが示唆される。
- 人間の子どもは、できるだけ効率的な学習ができるように、適度な複雑さを持つ対象に好奇心を抱くことが分かっている。
科学研究の紹介に加えて、本書では、たぐいまれな好奇心の持ち主として二人の人物が取り上げられる。レオナルド・ダ・ヴィンチとリチャード・ファインマン。丸々1章ずつを割き、彼らの異常なまでの好奇心の強さを示す逸話を紹介する。ダ・ヴィンチは次から次へと新しいことに手を出したため、「ほとんどのプロジェクトは未完だった」という。ファインマンは科学的な疑問をたくさん解決しただけでなく、アートに興味を示し、絵を描く練習をしていた(が、決して芸術的才能はなかった)そうだ。何かを成し遂げる人は、なんとなく、「一つのことを極める人」だと思っていた。二人の話からは、そんな定型的イメージが揺らぐのを感じた。
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本書を読んでも、好奇心をめぐる疑問はいろいろと残る。
- 結局、好奇心が強い人とそうでもない人は何が違うのか?(本書でもそれに迫ろうとはしているが、答えは出ていない。)
- 新しいものに興味をもつことと、ある特定の対象に興味を注ぎ続けることのバランスはどう考えればいいのか? そこに最適な塩梅はあるのだろうか。(ダ・ヴィンチもファインマンも、「目移り」の度合いがもうちょっと高ければ、歴史に名を残す業績は上げられなかったのではないか。)
- 「認識的好奇心」だけをとっても、人々の興味の対象は自然科学、数学、工学、アート、人文学、社会科学など、非常に異なる方向性に分かれていく。その分岐を決めるのは何なのか。
個人的には人を学術的探求に駆り立てる「内発的な動機づけ」に興味がある。上記のような疑問に何かヒントがあるかもと期待して読んだが、残念ながら答えはなかった。けれどそれは著者の力不足によるものではなく、「好奇心」の科学的研究がまだ萌芽的であること、また「好奇心」が複雑で一筋縄にはとらえられない人間心理であることを物語っているのだと思う。
最後に、注文を一つだけ。著者は、自身も備えていると自認する好奇心(すくなくとも「認識的好奇心」)は良いもの・育むべきものだという前提に立っている。せっかく「好奇心」を題材にここまで調べたのだったら、その「よさ」も自明とせずに、一度ニュートラルに考えてもよかったのではないかと思う。
以下は、並行して読んだ別の本からの引用。
しいて逆説的に言うなら、「私(研究者)の興味・関心だけ、なぜ特別扱いなんだろう……研究者ではない人だって私と同じ興味・関心を持つ人はいるはず。しかし、なぜ私だけが仕事としてそれができるんだろう。その違いはなんだろう。責任はなんだろう」と、一度は真剣に問うたことがある研究者のみが、あるいはその問いをずっと抱き続けている研究者のみが、その興味・関心を突き詰めるに値すると思うのです。(宮野公樹『学問からの手紙』より)
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