重ね描き日記(rmaruy_blogあらため)

読書メモ、探求メモなど。

思考整理メモ:理工書の「良い企画」についての考察

2018年のゴールデンウィーク最終日。

連休中にあれこれ考えていたことを、文章に残しておきたい。

考えていたのは、理工書の「良い企画」とは何か、について。

 

※以下、主に備忘録用の、自分の仕事についてのちょっとしたメモです。多くの人には関係がないうえ、キャリアも何もない編集者が「編集者とは何か」を頭の中だけで考えて書いたような文章ですので、時間をとって読んでいただくようなものではないと思います(連休中に終えるのが目標だったため、推敲もあまりできてません)。ただ、ひょっとすると理工書の読み手にとっても、何かの思考のきっかけになる部分があるかもしれません。そのことを期待し、ここに載せます。

 

***

考え始めるきっかけになったのは、先日の技術書典だった。技術書典にて、「技術書」という書籍のジャンルを改めて意識することになった。

考えてみれば、「技術書」と括られる本は、自分は数えるほどしか読んだことがない。それゆえ読者の気持ちがわかっているとはとても言えない。にもかかわらずそんな自分が、理工書の出版社で「技術書」の企画もやらせてもらっている。「技術書の良さ」を肌感覚ではわからない自分は、一度は理屈で考えてみる必要があると感じた。

以下は、現時点での自分なりの理解をまとめたもの。

この整理が的を射ているか分からないし、1年後も同じ考えかどうかの自信もない。ただ、考えを深めていく参照点にはなると思いたい。

***

技術書の話がきっかけとはなったものの、考えたいのは「良い理工書の企画とは何か」だった。

理工書とは何か。これは英語でSTEMと括られるジャンルとほぼイコールと思って良いと思う。つまり、科学・技術・工学・数学を扱う書籍の総称だ。

このように幅広いので、「理工書の良さ」も、その種別ごとに考える必要があるだろう*1。どう分けるのがいいだろうか? 理工書の分類には、理学書/工学書、専門書/入門書、教科書/独習書など、いろいろある。しかし、これらのどの切り分け方でも、うまくその「良さの基準」を捉えることができないように感じてきた。

今回、私がひとまず出した結論は、次のようになる。 

  • 理工書の企画にとって本質的なのは、「課題解決型の理工書」と「視野拡張型の理工書」の区別。
  • 両者には別の「良さの基準」があり、理工書を企画するときには、 どちらをつくるのかを意識することが役に立つ。

唐突に「課題解決型の理工書」と「視野拡張型の理工書」という言葉を出したが、これは、読者が理工書に何を求めているかに基づく二分法だ。

  • 課題解決型の理工書(以下、「課題解決書」):読者は、自身の課題(少なくともその一部)が解決されることを求めている。このタイプの本が提供するのは、その課題解決にいたるための「ルートマップ」である。 
  • 視野拡張型の理工書(以下、「視野拡張書」):読者は、自分の知らないものとの出会いを求めている。このタイプの本が提供するのは、当該分野の「ガイデッドツアー」である。

これは「技術書」と「学術書」の分け方に近い(が、後で書くようにイコールではない)。「理工書」を扱う出版社の多くは、このどちらか一方に主軸を置いていて、そもそもが「理工書出版社」ではなく「技術書出版社」か「学術書出版社」のいずれかをアイデンティティとしているので、この2分法自体が問題にならないかもしれない。

ただ、同じテーマで本を書く(企画する)にも、「課題解決書」的な本と「視野拡張書」的な本のどちらにするのかを選ばなければいけない場面があるような気がしている。だから、あえて「理工書」というカテゴリーを立て、2種類の「良さ」を考えてみたい。

課題解決書の良さ

「課題解決書」の読者が求めているのは、何らかのゴールへ最短経路でたどり着くこと。ゴールは、「手持ちのデータセットディープラーニングを実装する」でも、「ある概念(ブロックチェーンルベーグ積分、etc.)を理解する」でもいい。

普通、そうしたゴールへ自力だけでたどり着くのは大変すぎる。プログラミングの「マニュアル」や、ネット上の解説記事を広い読めば解決できることもあるが、膨大な時間がかかってしまう。そんなとき、先に同じ道を通った人が「ルートマップ」としての本を書いてくれればとても役に立つ。

課題解決書では、ゴールまでの道筋はもちろんだが、(登山地図になぞらえて言えば)「大体半日の道のりだよ」「途中に足場の悪い道があるから気を付けて」「服装や装備は○○がおすすめだよ」といったtipsも提供される。

書き手に求められるのは、そのエリアを歩き回った経験値だ。回り道、バリエーションルートの開拓、(ときには)遭難といった、豊富な経験があることが望ましい。そして自身の経験のなかから、読者の課題解決に役立つ部分だけを、整理して書く。

良い課題解決書とはどんなものだろうか? 三つくらい思いつく。

  • マップが正確であること。具体的には、サンプルプログラムがちゃんと動いたり、数式変形に間違いがなかったりすること。
  • マップのゴール地点が、読者の目的と合っていること。いくらルートが正確でも、目的地が誰も見向きをしないような、マイナーな場所では意味がない。多くの人が共通して目指しているであろう到達地点をいくつか想定し、それに沿った目次構成になっているとよい。
  • マップのスタート地点が、読者の現状にマッチしていること。ゴール直前の難所のマップを示すだけで役立つのか、麓からのマップが必要とされているのかは、本によって違う。そこを見誤らず、読者の前提知識の想定を適切になされているとよい。

私はタイプの本の読書経験は乏しいが、『退屈なことはPythonにやらせよう』という本は、自分の技術レベル(つまりほぼゼロ)にも目的(Pythonで業務効率化したい)にもマッチしていたし、そこにいたる道筋も明朗だった。その意味では3条件をクリアしており、自分にとってとてもよい本だと感じられた。

 読書メモ:退屈なことはPythonにやらせよう(Al Sweigart著) - rmaruy_blog

  

視野拡張書の良さ

一方、「視野拡張書」の読者が求めているのは、これまで知らなかった分野の概念、方法、視点に触れることで、知的好奇心を満たすこと、あるいは、自分の研究や仕事へのインスピレーションとすることだ。

未知の分野の学問・技術について、自ら研究論文を読み解いて勉強をするのは、これまた大変すぎる。そこで、その分野の専門家が書いた「書籍」が役に立つ。

「視野拡張書」の書き手には、その学問の蓄積を熟知していること、一次資料で学んだ経験、専門家コミュニティで研究活動をしていることなどが求められる。そのような著者が、専門知を背景に、そのテーマをなるべく見通しよく概観できるよう、わかりやすく説明する。

良い視野拡張書とは?

  • 学問として大事なところを押さえていること。観光のツアーに喩えて言えば、街のツアーガイドがその街の歴史についてあやふやでは困る。
  • 面白い部分を伝えていること。研究コミュニティにとって焦点となっている部分と、分野外の読者が知りたい部分が一致していないことはよくある。初めての京都観光の案内をする人には、まずは代表的な寺社仏閣をいくつか見せてほしい。

  •  読者の前提知識をよく踏まえていること。これは「課題解決書」と同じ。 

なお、「課題解決書」は、ほぼ学術書に重なる。学術書の書き方、編集の心得については、すでに下記2冊の本が出ているので、ここで書くまでもなかったかもしれない。

課題解決と視野拡張は本のテーマでは決まらない

以上、理工書を二つのタイプに分け、それぞれの「良さの基準」を整理してみた。そのうえで本記事で言いたいのは、理工書を書く(企画する)前に、その本がどちらのタイプなのか考えることが役立つのではないか、ということだ。

テーマでおのずと決まってくるのでは、と思うかもしれないが、そうとも限らない。たとえば「組み合わせ数理最適化」というテーマについて、

  • 『今日から使える!組合せ最適化 離散問題ガイドブック』穴井 宏和(著)、講談社
  • 『驚きの数学 巡回セールスマン問題』ウィリアム・J・クック(著)、青土社

という2冊の本がある。どちらも素晴らしい本だと思うが、前者は明らかに「課題解決書」、後者は明らかに「視野拡張書」に分類できる。

また、科学(理学)の本は一見すべて「視野拡張本」になりそうな気もするが、そんなこともなく、数学や物理の

「今度こそわかる ○○(量子力学ルベーグ積分 etc.)」

と言ったタイトルの本は、「○○を理解したい」という明確な目的意識をもった読者に向けて書かれているという点で「課題解決書」に入る。「脳科学」といった分野でも、たとえば、エンジニアリング的視点から脳科学を概説した

『メカ屋のための脳科学』高橋宏和(著)、日刊工業新聞社

などは、課題解決本の領域に入るとも言えそうだ。「脳」のように、純粋な学術研究の対象も、やがて一般人レベルでも操作(ハック?)できる対象に変わっていくとともに、それを扱う理工書は「視野拡張本」から「課題解決本」に広がっていくという風に言えるかもしれない。

もう一つ注意したいのが、「技術書」のなかにも、読者の動機を「視野拡張」と捉えたほうがよいように思える場合があることだ。これは、自分にはなかなか理解できない感覚なのだが、「新しい技術に触れ、学ぶこと自体を喜びとする」人たちがいる(とても尊敬します)。だから、特定の目的があるようには見えない本(企画)も、実は読者には「視野拡張本」として受け入れられる可能性がある。技術書の「良さ」を「課題解決」の面からだけ捉えていた場合、「どんな課題解決ができるのか不明だから出しても売れないだろう」という誤った判断がされかねない。

最後に、ハイブリッドな本たち

「課題解決書」と「視野拡張書」を、区別して捉えるのがたぶん大事だということを書いてきた。そのうえで、しかしながら、ロングセラーとして読み継がれることになる「理工書」は、結局のところ両方の要素が共存した本なのではないかとも思う。

特定の課題解決のために読まれうるが、読んでいるうちに全く新しい光景が見えてくる本。

あるいは、何となく面白そうだからと読んでいくうちに、本格的な技術や知識が身についてしまう本。

思いつくままに挙げてみる(もっとあるはずだけど、ぱっと思いつくものだけ)。

 『虚数の情緒』吉田武(著)
 『精霊の箱』 川添愛(著)
 『統計力学1,2』田崎晴明(著) 
 『ゼロから作るディープラーニング 』斎藤康毅(著)
 『データ解析のための統計モデリング入門』久保 拓弥(著)

編集者としては、こんな本を作ることに関われたら幸せだ。もちろん。でも、たぶん、いきなりハイブリッドを目指すのは無謀だろう(高校球児が大谷翔平を目指すようなもの?)。

なので、まずは狙いを「良き課題解決本」「良き視野拡張本」のどちらかに絞って、企画を立てるのが良いだろう。それが、この連休にあれこれ考えてひとまず出た結論です。

*1:理工書という媒体に固有の「良さ=価値」があるかということは、それ自体問われてよいことだと思いますが、ここでは前提にしています。