古市憲寿さんと12人の社会学者との対談集。登場するのは、宮台真司氏、大澤真幸氏、橋爪大三郎氏らビッグネームから、鈴木謙介氏、開沼博氏などの気鋭の若手研究者まで、錚々たる顔ぶれ。彼らスター研究者たちに、古市さんが「社会学とは何ですか?」という質問をぶつけ、それぞれの「社会学観」を引き出していく。
社会学の対象・目的・方法とは
社会学は、社会科学の中でもとくにキャラクターの濃い研究者が集まる分野なのかもしれない。本書に登場する12名も知名度の高い方ばかりで、僕も著書を何冊も読んだことのある人もいた。しかし、彼らのバックグラウンドにある「社会学」という学問については、捉えどころのなさを感じていた。『断片的なものの社会学』を読んだときにも書いたが、何を目的とし、何を対象とする分野なのか、わかりにくい分野だと思う。
本書では、社会学を専門とする古市さんがあえて一般人の目線に立ち、社会学者たちに説明を求めていく。12人の答えは様々だが、共通の内容もあった。たとえば、次の2点など。
社会学は、「どんな家族のあり方が望ましいか」「日本の天皇制をどう考えるか」など、必ずしも法律・経済・政治だけで答えが出ないような問題について、独自の視点から解説を加える。もちろん、そうしたテーマについて何か言えばなんでもよいわけではなくて、既存の社会学理論を踏まえ、データで検証するなど、きちんとした方法が必要となる。
それは何の役に立つのか。何人かは「説明をする」ことの効用を指摘していた。例えば、佐藤俊樹氏の発言。
その人が抱えていることをより明確な言葉にすることによって、問題の本当のありかを考えやすくする手助けはできる。それが社会学者の主な仕事なんじゃないでしょうか。(p.48)
方法論や、対象とのかかわり方は研究者ごとに多様だった。社会全体を大づかみに説明する「グランド・セオリー」を志向する人、フィールドワークで問いを深めていく人、データをもとに計量的に分析していく人。また対象へのコミットの仕方に関しても、はじめに打ち破りたい社会通念などの「敵」を設定して戦うスタイルの人や、デモやボランティアに参加しつつ研究する人もいれば、「僕はただ観測するだけ(p.254、吉川徹氏)」というスタンスの人もいた。このように幅広い社会学だが、12名には「同じ社会学をやっている」という認識は感じられ、それが同業者同士の信頼感を生んでいるのだろうと思わされた。
古市憲寿さんという存在
本書で一番面白い思ったのは、古市さんという人の立ち位置だった。
まだ30歳の古市憲寿さんは、メディアで活躍していて、時々発言が批判を招いて炎上したりもしている。ある意味、本書に登場するなかで一番有名な人かもしれない。
その古市さんの、アカデミズムに対する態度が面白い。本書に出てくるような社会学者の先生方はリスペクトしている一方で、「社会学」という学問分野とは距離をとっている感じも受ける。上野千鶴子氏からの「プロの研究者になる気はあるの?」との質問には、「なれるならなりたいですけど」(p.83)という力の抜けた返事。本書に出てくる学者たちは、古市さんのメディア活動を理解を示しつつも、「社会学者になりたいんだったら、こうしたほうがいいよ」というアドバイス(説教?)を授けている。古市さんは、恐れ入るでもなく、「そうですね」と淡々としている。
このような古市さんのスタンスが、すごく良いのではないかと思えた。メディアで大活躍しつつ、アカデミアから完全に身を引くこともせず(いま博士論文を書いているらしい)、社会学者たちからすると「内輪」の人だからこそ、本書のようなある意味ギルド内の世界が垣間見えるような本が僕ら専門外の読者にも届くからだ。
本書のなかで、鈴木謙介氏が、古市さんのこれからの役回りについて次のように提案している。
「もっと業界の外とのブリッジングを強めることを考えればいいんです。たとえば、プロ社会学からの「社会学をもっと勉強しなさい!」みたいな批判を逃げずに正面から受け止めつつ、そこでの勉強をもとに、アイドルや俳優と対談するような「マージナル・マン(越境人)」としての役割を意識的に引き受けていくということ。
もちろん、プロの 社会学者も、もっと古市君を利用すべきですね。」(p.206)
そのとおりだなと思った。古市さんのことをちょっと応援したくなった。