重ね描き日記(rmaruy_blogあらため)

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読書メモ:職業としての小説家

 

職業としての小説家 (Switch library)

職業としての小説家 (Switch library)

 

村上春樹の自伝的エッセイ。「こんなに書いてくれるんだ」と思うほど饒舌かつ率直に、小説家としての来歴や、彼の小説の書き方を明かしている。

あらためて、村上春樹という人は誰よりも強く「自分にとって納得のいく小説を書く」ことにフォーカスしてきたことが分かる。とにかく、小説を書くことの「ノイズ」となるものは人生から取り除いてきている。軌道に乗りかけたジャズバーをたたむ決断しかり、日本のバブル時代の出版状況に嫌な気配を感じて、海外で執筆活動をする決断しかり。良い小説を書くことに対しては一切妥協や言い訳をしないという、首尾一貫性(自身では「頑固さ、良く言えば一貫性」と書いているが)には凄みを感じる。

また、「小説をいかにして書くか」というテーマについても、これまでになく突っ込んで書いている印象だった。「井戸の底に降りてまた戻ってくる」とかの比喩的・精神的な説明だけではなくて(それもそれで興味深いのだが)、「登場人物はこうつくる」「書きたいことはこう決める」というように、本書ではあくまでも具体的に説明してくれている。

よく話題になる「村上春樹の文体」についても触れている。デビュー作『風の歌を聴け』を執筆したときのエピソードは印象的だった。自分の文章がしっくりこないと悩んでいたとき、「一度英語で書いて日本語に訳してみる」という方法を使って「自分の文体を見つけた」という感触を得たのだそうだ。一度書き上げた小説を、「新しく見つけた」文体で丸ごと書き直して、そうしてできたのがあの『風の歌を聴け』なんだとか。

オリジナリティとは何かとか、小説家の資質とは何かなどについての考察もあって、そうした、村上春樹なら深い見識があるはずだけど決して教えてくれないだろうなという事柄に対して、思いがけず口を開いてくれているのが嬉しい一冊だった。