The Climate Casino: Risk, Uncertainty, and Economics for a Warming World
- 作者: William D. Nordhaus
- 出版社/メーカー: Yale University Press
- 発売日: 2015/02/24
- メディア: ペーパーバック
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環境問題の経済学を専門とする著者が,温暖化問題について論じた啓蒙書.論点を①科学・②経済学・③政策・④政治に整理し,それぞれポイントをしぼって説明している.「温暖化にどう対峙すればよいか」という疑問へ、包括的な解答を与える1冊となっている.
ざっと読んだ限りだが,内容のまとめと感想を書いておく.
①温暖化の科学
最初のパートでは温暖化の科学的側面を押さえている.「どれくらいのCO2排出がどれくらいの気温上昇につながるか」,「これからどれくらい温室効果ガスは増えていくか」,「農業・人体の健康・人間の住環境・生態系に対して、気温上昇はどのような被害があるか」などについて,複数の調査報告を挙げて説明している.温暖化の影響は、農業・住環境などの「管理できる(managableな)」部分と,生態系・海面上昇・異常気象などの「管理できない(unmanagableな)」部分に分けて考えることが重要だという.前者に対しては技術的な解決が可能かもしれないが,後者は取り返しの付かないダメージにつながるものが多い.
②温暖化対策の経済学的側面
温暖化の解決にはどのようなオプションがあり,それぞれにどのような効果・コスト/リスクが存在するか.著者は,温暖化する世界に「適応」するという考え方や,ジオ・エンジニアリングを使って人工的に気温を下げるといった荒技も検討したうえで,現実的には「緩和(mitigation)」という道しかないと結論づけている.
③温暖化対策の政策的側面
温室効果ガスの排出を,許容できるレベルに抑えるためにはどうすれば良いか.まずは「許容できるレベル」を定める必要があるが,それはコストと利益のバランスで決まる.例えば「気温上昇を3℃に抑える」という目標は,3℃以内に抑えるためのコストがそれによって防げる経済的損失を下回るとき妥当といえる.そういったある意味ドライな考え方だ.温暖化の緩和の手段としては,個別の補助金や規制よりも,炭素税やキャップ・アンド・トレードなどの政策が効率的である.そうした政策に伴うコストと,科学がはじき出す温暖化の招く損失を天秤に掛ける際,将来のコストを現在の支出に対してどれくらい割り引くかや,政策の実効性(炭素税を導入しない国や,こっそり排出されるCO2などがどれくらい想定されるか)も,考慮に入れるべき重要なパラメタになることが指摘される.
④温暖化対策の政治的側面
「これこれの政策を打てば,コストとリスクを最適なレベルに抑えられる」ということが分かったとしても,実際にその政策が実現されるとは限らない.温暖化問題には,「フリーライダー」や「囚人のジレンマ」という言葉で表される難しさがある.そこで,著者はフリーライダーを減らすための方策として,温暖化対策の国際的な取り決めに参加していない国への輸出入の際の関税を高くするなどの提案をしている.
この本では,全体にわたって「コストとリスクと計算して,一番望ましい解を探す」という経済学的な発想が貫かれている.どんな社会問題に取り組む際の正しいアプローチなのだろう.ただし,温暖化問題がとくに厄介なのは,コストやリスクを見積もるのが他の問題に比べて難しいということ.温暖化の予測は,人によってかなり幅があるし,いわゆる「ティッピング・ポイント」がどこにあるのかということも未知な部分が多い.逆に、もしかしたら画期的な技術が発明されて、対策コストが下がるかもしれない.そういう不確実さが,本書のタイトルの中の「カジノ」という言葉に込められている.「それでも,少しでも分の良い条件でルーレットを回すべきだよね」というようなことが本書のそこここで書かれている.つまり,「不確実性があるからといって,問題解決のためのコスト・リスクの予測が無意味になる訳ではない」というのが,本書の主たるメッセージとなっている.
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たまに温暖化問題について考えるとき,悲壮な気分になってしまう.どうせ世界は変らないし,もっと緊急の問題がたくさんあるし,僕が節電してもマイバッグを使っても何の意味もない,等々.けれど,この本を読むと,少なくとも「解決にはこういう考え方しかないよね」という考え方の道筋が整理できる.no way outに思われていた問題も,ここまでクリアに整理してもらうと,少し希望が見えてきたような気になる(もちろん,だからといって自分が何か出来るわけではないのだけど).
「温暖化についてかつて真剣に悩んだことがあるけど今は諦めている人」に,おすすめしたい一冊.