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読書メモなど

読書メモ:リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください

 

「若い書き手が上手いことを言って世相を切るスタイルの評論」なのかな,と思わせる軽いタイトル.書店で一目見て敬遠していたが,どうやらそういう本じゃないらしいことをどこかの書評で知り,読んでみた.内容は,東大の法哲学者である著者が「リベラリズムとは本来はどういう思想なのか」について語るというもの.書名から受ける印象とは真逆の,非常に真面目な本だった.

リベラリズム,あるいはリベラルという言葉は良く聞く.仮に「あなたはリベラルですか?」と聞かれたら,僕は「どちらかといえばそうです」などと答えるかもしれない.でも意味はよくわかっていない.「伝統的価値観よりも自由や多様性を重んじる人?」くらいの理解だ.

意外だったのだが,著者は,リベラリズムの本質は(自由でも多様性でもなく)「正義」だと言う.正義とはなにか.抽象的に表せば「等しき事例は等しく扱うべし」となる.もう少し具体的に言うと,「正義」に叶っているかをチェックするには次のように問えばよいと著者はいう.

自分の他者に対する行動や要求が,もし自分がその他者だったとしても受け入れられるかどうか.自分と他者が反転したとしても,受け入れられるかどうか,考えてみよ,と.

この原理から出発して物事を判断し,最終的には国家や法の正当性もこの「正義」という概念に照らして判断する.それがリベラリズムであるということだそうだ(正しい言い方になっているかは分からないけれど,本書を読んで僕はこう理解した).こんな明快なことだったのかと,目から鱗が落ちた.

でも,書名にもあるように,リベラルな人たちは嫌われることが多い.なぜか? それはリベラルという立場はダブルスタンダードを自分に許さないのに,それに無自覚な人が多いからだと著者は説明している.つまり,「正義」はこの世には現実には存在しない.不遇の人,立場が弱い人,いろんな意味での格差がこの世にはあって,しかもその不正義の上に共同体が成り立っていたりする.ところが不正義のシステムの恩恵を受けていてそれを手放すつもりもない人が正義を語るから,空々しく聞こえる.「あなた,弱者に手を差し伸べるべきと言っているけど,自分の地位や収入を投げ出して困っている私を助けるつもりなんてないでしょう?」という猜疑の目が「リベラル」を標榜する人たちには常に注がれる.だから,正義うんぬんではなく,素朴に「利益」とか「国益」を重視する言説が支持されたりする.

こうした見立ては,僕の回りで起こっていることともよく当てはまるように思われ,納得できる部分が多かった.

本書では,著者はそうした「標榜者の非一貫性」からくる嫌悪感と本来のリベラリズムを切り離すことを目指し,「本来は何が議論されるべきなのか」を描くことに徹している.ロールズサンデルといった著名な法哲学者を紹介しつつ著者自身との考え方の違いにも触れながら,法哲学の要諦を解説していく.途中,難易度の高い箇所もあり,学術的な論争の解説などはついていけない部分もあった.ただ著者の力強い語り口が印象的に残った.

昨今,「右」対「左」や「保守」対「リベラル」など,僕ら一般人のレベルでも政治的な意見の不一致が見えやすくなっている.ただ,そうした政治談義にも様々な階層があって,どの階層で考えているかで話がすれ違うこともあるだろう.その最下層に「法哲学」という重厚な学問があるのを知れたことが,本書を読んで得た大きな収穫だった.