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読書メモ:The Physicist & the Philosopher (by Jimena Canales)…アインシュタインとベルクソンは時間をめぐって何を争ったのか

 

The Physicist & the Philosopher: Einstein, Bergson, and the Debate That Changed Our Understanding of Time

The Physicist & the Philosopher: Einstein, Bergson, and the Debate That Changed Our Understanding of Time

  • 作者:Jimena Canales
  • 出版社/メーカー: Princeton Univ Pr
  • 発売日: 2015/05/26
  • メディア: ハードカバー
 

科学史家ヒメナ・カナレス(Jimena Canales) による2015年の著作The Physicist & the Philosopherを取り上げます。20世紀前半にアルバート・アインシュタインとアンリ・ベルクソンが戦わせた論争について、その背景や余波を幅広い視点からまとめた一冊。その論争のテーマとは、「時間」です。

繰り返される論争への、科学史からのアプローチ

ブログ筆者が腰を据えて本書を読んでみようと思ったきっかけは、今年刊行された『〈現在〉という謎』(森田邦久編、勁草書房)と、それに端を発した一連の議論です。同書とその後の議論については、本ブログでもたびたび触れてきました。

ここでは、対話に参加した物理学者と哲学者のあいだでディスコミュニケーションが生じています。ごく単純化してしまえば、その構図は

  • 哲学者たち(3名の分析哲学者)は、「物理学者は自分たちの問題意識が見えていない」と言い、
  • 物理学者(谷村省吾氏)は、「哲学者たちが言っていることは間違っている」もしくは「意味をなさない」と批判する

というものです。このような「すれ違い」は、今回の件に限らず、繰り返されてきているようです*1

こうしたディスコミュニケーションを前にして、すぐに考えたくなるのは

  • 結局、どっちが正しいのか? あるいは、どっちもそれぞれ正しいということなのか?
  • どっちもある面では正しいとしたら、どのように両者を調停できるのか?

ということではないでしょうか。

これについては、私たち一人一人が考える価値はあると思います。しかし、何らかの答えにたどり着くのは非常に困難です。なにせ、一流の(少なくとも分野内では十分に業績が認められてきた)哲学者・物理学者が相互理解を目指してこの結末なのだから、いち素人が意味のある「裁定」をしたり「調停」をしたりできると考えるほうが不自然に思えます。

そこで、別の角度から考えてみることも必要になりそうです。

こうした関心自体は、現在進行形のディスコミュニケーションを「解く」ことには直接つながりません。しかし、なぜこのような状況になってしまうのか、一流の学者たちの間に相互不信が生まれるとしたらその背景には何があるのか、糸口をつかむ助けにはなるはずです。

さて、過去のおける『〈現在〉という謎』のような対立のうち、典型例のようなものはあるのでしょうか。その最大級のものこそ、約100年前、アルバート・アインシュタインとアンリ・ベルクソンという二人のスター物理学者・哲学者を中心に展開された、時間の本性をめぐる論争です。

The Physicist & the Philosopherの著者カナレスは、この論争に、現代まで続く「二つの文化」の分断の源流を見ています

“The time of the universe” discovered by Einstein and “the time of
our lives” associated with Bergson spiraled down dangerously conflicting
paths, splitting the century into two cultures and pitting scientists
against humanists, expert knowledge against lay wisdom. 

(私訳)アインシュタインが発見した「宇宙の時間」とベルクソンと結びつけて語られる「私たちの生の時間」は、危険なまでに相容れない二つの道筋を帰結し、20世紀という時代を二つの文化へと分断し、科学者と人文学者、専門知と大衆の知恵との反目を生み出した。(The Physicist & the Philosopher p.vii)

カナレスは、ベルクソンアインシュタインだけでなく、彼らの周りにいた学者たちの著作や書簡といった一次資料を調べつくし、この論争がいかなるものだったのかの全体像を描き出していきます。非常に内容が豊富な本なので、すべてのトピックに触れることは到底できませんが、以下ではいくつかのポイントに絞って内容を見ていきます。

※本書に関する、著者の講演動画もおすすめです:


1922年、二人の初対面、そこで何が起こったか

本書の冒頭数章では、ベルクソンアインシュタインの邂逅のシーンが印象的に描かれています。1922年4月6日、アルバート・アインシュタインとアンリ・ベルクソンが顔を合わせます。両者を会わせたいという声は根強く、フランスの哲学者・物理学者たちの尽力で、パリでのシンポジウムへアインシュタインを招く計らいが実現します。

その場で、ある哲学者に促されて登壇したベルクソンはまず、自分にはアインシュタインと論争する気はないと言います。彼はただ、時間に関するすべてが相対性理論に尽きるわけではないこと、時間の本性を知るには哲学が必要であることを主張したいのだと述べました*2

それを受けてアインシュタインは、1分にも満たない返答のなかでこう述べます。

哲学者の時間は存在しない。

The time of the philosophers does not exist.

時間哲学の大権威であるベルクソンを含む、多数の哲学者たちの面前でなされたこの発言は、その後世界中の知識人を巻き込むことになる論争の起爆剤(detonator)となります。

時間の権威ベルクソン

1922年の当時、ベルクソンは62歳でした。すでに『物質と記憶』や『創造的進化』などの主著を書き終え、哲学者以外からも圧倒的な名声を得ていました。たとえば心理学者ウィリアム・ジェームズは、ベルクソンの哲学を「真の奇跡(true miracle)」と評価したと言います。

そのベルクソンのキャリア後期に現れたのが、アインシュタイン相対性理論でした。ベルクソンが勤めていたコレージュ・ド・フランスの同僚でもある物理学者ポール・ランジュヴァンは1911年の講演にて、「高速で宇宙旅行をする人の時間は遅れる」という、いわゆる「双子のパラドックス(twin paradox)」に相当する思考実験を提示します。これを聞いていたベルクソンは、相対性理論に興味を持ち、彼が大成してきた時間の哲学と、この新しい物理理論との関係について考え始めます。

1922年にはその成果を『持続と同時性(Duration and Simultaneity)』にまとめており、アインシュタインとの邂逅の少しあとに出版されることになります。この本は、アインシュタイン相対性理論ベルクソン流に解釈したもので、いわばアインシュタインの土俵でアインシュタインに異議申し立てをする内容でした。

It [Duration and Simultaneity] unabashedly intended to out-Einstein Einstein by interpreting all known scientific facts associated with relativity theory in a new way. (p.15)

カナレス著から離れますが、20世紀の物理学者渡辺慧は、『持続と同時性』の狙いを相対性理論に矛盾しないように、自説を立てることを目的としたもの」渡辺慧『時』p.242)と表現しています。

しかし、ベルクソンの意図とは裏腹に、この著書により「ベルクソン相対性理論を理解していない」という烙印をアインシュタインやその追随者たちに押されてしまい、この評価は今日まで続くことになります。

アインシュタインの心配

アインシュタインは、ベルクソンと会った当時43歳。1905年の「奇跡の年」の業績や、1910年代の一般相対論の確立などにより、世界が最も注目する科学者になっていました。その彼が、どうしてそれほど厳しくベルクソンと対峙したのでしょうか。

一つには、彼の業績の評価が、まだ完全には定まっていなかったことがあるようです。アインシュタインと同時代の物理学者の中には、彼の理論の成功を認めながらも、それを唯一の理論と認めない人々がいました。著者カナレスは、そうした物理学者(・数学者)として、アンリ・ポアンカレポール・パンルヴェ、ヘンドリック・ローレンツ、アーサー・エディントンらを挙げ、彼らがベルクソンとも一部接点をもっていたことを紹介しています。こうした物理学者たちは、アインシュタインほどに劇的な時空観の変更を行わなくても、現象を説明できるような理論が作れるのではないかと考え、アインシュタインと対立します。

このような状況で、ベルクソンが自分の時空観に異議を唱えているという状況はアインシュタインにとって心配の種であり、それに厳然と立ち向かう必要性を感じたようです。

周囲の反応

1922年4月6日のやりとりはほとんど深まらないまま終わり、その年には『持続と同時性』が出ます。こうして、ベルクソンアインシュタインの対立は決定的となります。学術的な世論は二分し、両陣営にはそれぞれ熱心な支持者がつくようになります。

カナレスは、十数章にわたって、著名な科学者・哲学者たちがこのディベートに際してどんな立場をとったのかを紹介していきます。名前だけ挙げれば、ランジュヴァン、ポアンカレパンルヴェローレンツ、エディントン、エドムント・フッサール、マーティン・ハイデガー、アルフレッド・ホワイトヘッドバートランド・ラッセル、ハンス・ライヘンバッハ、ルドルフ・カルナップジョージ・ハーバート・ミード、ジャック・マリタン、パーシー・ブリッジマン、渡辺慧などです。

これらの多くの論者たちは、アインシュタインベルクソンのどちらかと近い立場をとりましたが、その動機は一様ではありませんでした。自身の直観をよりどころにした者もいれば、物理学者としてアインシュタインの理論に反対だからという理由で「敵の敵は味方」方式で近づいた者もいたようです*3。また、これは「哲学者vs物理学者」の構図でもなく、ベルクソンを最も熾烈に批判した者の一人は、哲学者のバートランド・ラッセルでした。

Russell admired Einstein with the same fervor with which he hated
Bergson. (p.183)

ラッセルによれば、ベルクソンの哲学は) rested on “a mere play of words.” It was “an imaginative epic, to be judged on esthetic rather than on intellectual grounds.” It was, in short, a mere “poetic effort”(...). (p.184) 

なお、物理学者の側でも、とくに量子力学との親和性をベルクソンの時間論に見出した者もおり、その代表格として、ド・ブロイに師事した日本の物理学者、渡辺慧を挙げています。

アインシュタインの内心

アインシュタインは、ベルクソンの批判を全面的にしりぞけます。ベルクソンは彼の理論を理解しておらず、また、ベルクソンが問題にしている過去・現在・未来の区別や、「時間の流れ」はあくまで「幻想(illusion)」としての「心理的な時間」であって、それは物理学的な「客観的(objective)」な時間とは区別されるべきだと述べ続けました。この立場が端的に表れたのが、「哲学者の時間は存在しない」という発言でした。

しかし、カナレス著のハイライトは、こうしたアインシュタインの「公的」な態度と、彼の内面にはズレがあったのではないかという指摘です。たとえばカナレスは、アインシュタインが日本への渡航中に書いた日記に着目しています。その船中でアインシュタインは『持続と同時性』を読んでおり、ベルクソンが「相対性理論の概略をよく理解している(fully grasped the substance of relativity theory)」 との感想を書き残したといいます。

また、1941年に81歳でベルクソンはなくなりますが、その後もアインシュタインベルクソンを忘れなかった、とカナレスは言います。

Einstein outlived Bergson by nearly a decade and a half, but he did not stop thinking about the philosopher. He was prompted to renew conversations about Bergson by his friend Besso. “I would like to formulate Bergson’s desire as follows,” his friend explained to Einstein on Christmas Eve 1951: “to turn subjective time into something objective.” p.337

ベルクソンは何を言いたかったのか? 自身や友人の死が身近になるなかで、彼が幻想とみなしてきた心理的時間が気になり始めていくアインシュタイン。多くの同時代人や後世の私たちが思ってきたよりも、彼の「形而上学」とベルクソンのそれとの断絶は深くなかったのかもしれません。

感想

以上、つまみ食い的にではありますが、The Physicist & the Philosopher を紹介してきました。ベルクソンアインシュタインの時間論の本体や、「双子のパラドックス」をめぐる両陣営の応酬など、重要なポイントに全く触れることができていません。まずは「ベルクソン vs アインシュタイン」という対立軸がかつて存在したという事実が大事だと思うので、それだけでも知ってもらえたらと思い書いてみました。

最後に、ブログ筆者が本書から得た個人的な教訓を列挙してみます。

  • 時間をめぐる論争において、結果として「二つの陣営」が存在する場合にも、その論点は一つとは限らない。(20世紀の学者たちは、それぞれに異なる目論見をもち、それをアインシュタインベルクソンというアイコンに託した。)
  • 論争が起こった背景には、歴史的な偶然が大きく絡んでいる。(アインシュタインが「哲学者の時間」についての一言を発していなければ? ベルクソンが『持続と同時性』を書いたのがもう10年あとだったら? 論争はまったく違う経過をたどったかもしれない)
  • 「哲学者が理解してない」のか「物理学者が論点を見逃している」のかは、そんなにはっきり区別できない。(たぶん、ベルクソンの理解にも不十分なところはあった*4し、アインシュタインにも(もしかしたら一部故意かもしれない)見落としはあっただろう。)

なお、最後に付け加えますが、『〈現在〉という謎』におけるような現代の論点が、20世紀の対立と同じものだとか、20世紀の対立を知ればおのずと解けるものだということは、ブログ筆者は考えていません(これはカナレス氏も同様だと思います)。また、この論争に対して調停的な視点で総括を試みることの難しさも、明らかだと思います(AとBの論争において、別の劣った立場Cを持ち込むに終わるだけ)。

ですが、アインシュタインベルクソンといった大学者たちを巻き込んだ論争がかつて存在したということ、そこに多くの人が参加し、決着とは程遠い状態で残されたことを知っておくのは、現代の論争が気になる私たちにとって有意義なことではないかと考えます。

以下は、カナレス著の結語です。

What happens if we get on with the job of doing the thing and reread the debate in ways that no longer accept the binary terms associated with Einstein and Bergson as self-evident and inevitable? What happens to our understanding of science and of history if we shelve these binary categories—such as objectivity-subjectivity and nature-politics—and study instead how these categories strengthened at certain moments?
For one, the outcome of the Bergson and Einstein confrontation no longer appears as clear-cut as before. Our reasons for continuing to fight vanish. Instead of simply siding with one over the other, we can consider our universe filled with clocks, equations, and science as much as with dreams, memories, and laughter. (p.358)

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*1:一例:物理学者と哲学者の(ディス)コミュニケーション ~(再掲)読書メモ:『科学を語るとはどういうことか』~ - 重ね描き日記(rmaruy_blogあらため)

*2:"What Bergson wanted to say was that “all did not end” with relativity. He was clear: “All that I want to establish is simply this: once we admit the theory of relativity as a physical theory, all is not finished.” Philosophy, he modestly argued, still had a place." p.20

*3:ポアンカレの例:"Not only did Bergson think highly of Poincaré, both as a scientist and as a philosopher, he believed that they had enemies in common. The enemy of his enemies was his friend." p.82

*4:ただしそれは1922年という時期を考えれば全然無理もないことに思える。