週末,nothの主催する講座『花と宇宙』に行ってきた.物理学者の江本さんと小林先生による2部構成のトークイベント.江本さんは寺田寅彦の「椿の花の落下」についての研究を紹介され,小林先生の宇宙物理学の最先端について話された.「花」と「宇宙」というスケールや身近さが両極端のテーマをあえて並べることによって物理学の懐の深さを感じてみようという,面白いコンセプトの講座だった.江本さんと小林先生が共通していたこととして,物理学を通して「新しい風景を立ち上げる」,あるいは「見えないものの気配を感じる」といった言葉遣いをされていた点があった.そこが気になったので,「風景を見たり,気配を感じたりすることは,どうすればできるのでしょう?」というやや漠然とした質問を投げかけてみた.それに対する小林先生の回答は予期せぬもので,その場では咀嚼できなかったのだが,講演会から2日ほど経ってなんとなく像を結び始めている.
小林先生の答えは「『人』を見るようにしています」というものだった.個別の物理理論とか,あるいは宇宙とか素粒子とかいった物理的対象だけではなく,「人」つまり周りの物理学者のことを気にしているのだと.他の研究者がどんなことを考えどんなアプローチをとっているかに注目していると,一見関係のない分野同士につながりが見えたりして思わぬ発見に結びつくことがあるのだという.寺田寅彦という過去の物理学者について感動を込めて話していた江本さんもまた,まさに眼差しを「人」に向けていた.
お二人とも,物理学者でありながら「人」を見ている.「人がどんな仕方で自然を捉えているか」を気にしている.物質とか空間とか素粒子とか宇宙などという対象について面白がるとともに,「それらについて面白いと思う人々」自体を面白がっているように見える.
結局そこに本質があるような気がしてくる.江本さんや小林先生たちの講演を聴いていると,その講座は聴衆に向けられたものであると同時に,「自分が面白さを感じていることを実感する」ために必要な行為としてもあるのではないかと思えてくる.自分が興味をもっていることについて人に伝えること,それ自体が興奮状態に自分をおきつづけるための方法になっている.自分自身と同じように物理学に惹きつけられた寺田寅彦のような先人を心のなかでよみがえらせ,彼らの思想を言語化してみることで,面白さの理由が納得できるだけでなく,ますます増幅される.そして,それが生き生きした言葉で語られることで,周りの聴衆も感化される.
ふと,これと同じことが「本を書く」と「本を読む」ということについても起こっているのではないかという気がしてくる.自分の興味の対象に意識を集中させ,言語化することによって興味を維持・持続・増幅させる.「書く」という行為もそういう機能をもっているのではないだろうか.
今年読んで面白かった本も,面白かった理由はそこにあるのではないか.6冊ほど思いつく.
ロジ・コミックス: ラッセルとめぐる論理哲学入門 (単行本)
- 作者: アポストロスドクシアディス,クリストスパパディミトリウ,アレコスパパダトス,アニーディ・ドンナ,高村夏輝,Apostolos Doxiadis,Annie di Donna,Christos H. Papadimitriou,Alecos Papadatos,松本剛史
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2015/07/23
- メディア: 単行本
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6冊ともそれぞれ違った意味で,著者の模索の跡が生々しく感じられる本だ.どれも,誰かに知識や情報を授けるためではなく,著者自身が自分で何かを掴み取るために書かれている.著者たちはきっと,書く前と後とで自分が変わるのを経験したのではないか.一生に2冊は書けない本.そうした本こそ,僕ら読者に鮮烈な読後感を与えてくれるように思う.
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noth講座について思い返していたら,2015年の個人的ベストブックたちの良さの理由が分かった気がした.まとまらない文章だが,手応えのある気づきだったので,ここに残すことにした.