重ね描き日記(rmaruy_blogあらため)

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読書メモ:海を撃つ(安東量子 著)

海を撃つ――福島・広島・ベラルーシにて

海を撃つ――福島・広島・ベラルーシにて

 

とある方からプレゼントいただいて、この本を読んだ。著者の名前は知らなかった。というか、これが一体何についての本なのかもわからなかった。何の事前知識ももたずに、読み始めた。

すぐにわかったのは、原発事故にまつわる本だということ。著者は2011年、福島県いわき市にて震災と原発事故を経験した。冒頭2章では、震災当日の混乱、著者の周りでじわじわと広がっていった放射線への不安、広島で生まれ育った著者の来歴、人生で何度か原爆の影を感じたこと、福島原発の事故によってその記憶がよみがえったことなどが、静かで、正確で、それでいて詩的な文章で語られていく。

奇妙な感想だが、この段階で、「これを読んだら、僕はしばらく小説を読まないかも」と思った。自分の日常では体験しえない、別の人生に埋め込まれた心の動きを知ることを、私は小説に期待する。福島に住み、原発事故を近くで体験した人がいることは当然知っているが、そうした人々が何を経験し、何を感じたのかについては何も知らない。知ろうとしてこなかった。東京から遠くない土地に、それを経験をし、いまも経験している人々がそれこそ何万人もいるというのに。この実録は、フィクションよりも自分を文学的に揺さぶるだろうと予想した。

しかし、第3章から本書は違う展開を見せる。震災の戸惑いを受け止めて記録してきた著者が、動き始めるのだ。土地が「汚染」されてしまった。場所ごとに線量は異なり、住める場所もあるが、本当にそこに住んでいていいのか。自分は腹を決めても、猜疑心と不安に満ちた周囲の人々と、どう共に生きればいいのか。そうした混乱のさなかに著者が一縷の希望を見つけたのが、放射線防護の国際委員会による、とある「勧告」だった。 

専門用語のちりばめられた、親しみやすいとは言い難い文章の向こう側に見えたのは、過去の原子力災害の被災地に暮らしている人びとの姿だった。なによりそこに暮らす人びとへのあたたかい眼差しがある。それが不思議だった。p.102

この勧告が、チェルノブイリ原発事故のあと、被害を受けたベラルーシの村の復興の事例をもとに作られたものだということを知った著者は、委員会の主要メンバーとつながり、とるべき行動の指針を得る。Webサイトを開設し、対話集会を開催するなど、活動を広げていく。

ここまでくると、この本は、科学的知識を社会でどう生かすか、いわゆる「リスクコミュニケーション」の実践録であることがわかる。

もちろんリスク判断の情報も必要だが、それだけでは、暮らしを立て直すには十分ではない。住民に測定とリスク判断だけを教えればすべてが片付くと考えがちな専門家とは、そこに大きな乖離が生まれる。乖離は、不信の発生源となる。それを埋めるには、その場所に通い、住民と言葉を交わし、生活のなかで大切にしているものについて一緒に考えるしかない。p.203

著者が実践したのは、とにかく「測る」という活動だった。ただし、白黒つけるためではない。放射線量を測ることは、もっと繊細に人々の心に作用する。そのことが、たとえば次の一節のように表現される。

一本一本の折れ線グラフは、それぞれ一人一人の暮らしだ。ただの放射線量ではない。この高くなったところ、低くなったところ、すべてに個人線量計を持ち運んだ人の暮らしがある。その暮らしは事故前の自然放射線量よりは高い、けれど年間一ミリシーベルトという目安から見ると決して高いとは言えない染料の幅の中にあるということが、一目で明確に伝わる。 p.219

私のTwitterのタイムラインには科学者が多いのだが、今でも福島の放射線のことがときどき話題になっている。そこでは、「なぜ?」と思うほど強い言葉が並ぶことがある。相手を蔑む、敵意むき出しで反論する、普段耳にしないような酷いレッテルを貼る。研究者や学者といわれる人たちが、なぜそんなことになってしまうのか、不思議だった。本書からは、そうなる背景としての被災した方々の不安とリアリティが垣間見れた。と同時に、強い言葉を選ぶことなく活動をしてきた著者のような人もいることが分かった。

東京の私たちは、地震原発事故のことをほとんど忘れてしまった。でも、2011年3月、ほんの数週間かもしれないが、明日がどうなるかわからない不安を東京でもみんな経験した*1。1000万人が滞りなく分刻みのスケジュールを生きている東京が、当たり前ではないことを、心の奥底ではみな知っている。今度こそ、東京に地震が来ると言われている。そのとき、自分は著者のように動けるだろうか? 原発事故はもちろん特殊だ。通常の地震の復興と、いま福島原発の周辺の市町村の人々が経験していることを同列に語ってはいけないかもしれない。でも、本書を読んで一番に考えたのは、来るはずの首都圏の震災のことだった。

本書で、著者は決して大きな話をしない。政府、東京電力、その他の「加害者」を糾弾するというスタンスをとらない。また、物理学や医学など、既存の科学的知識で「答え」を出そうとしない。現実の状況、人々の揺れ動く気持ちを踏まえて、その場その場で機能する解を見つけていこうとする。東京にもいずれ震災がおとずれる。そのとき、役に立つのはファクトにまつわる知識だけではきっとない。誠実さと、言葉を正確かつ詩的に使う文学的能力も役に立つかもしれない。

*1:自分の日記を掘り出してみたところ、たとえば2011年3月15日はこんな感じだった:

昨日は一日家にいた。朝からテレビでは「計画停電」の話題で持ち切りで、「二転三転する東京電力の発表」が責められていた。通勤時間に電車が動かず、電車や駅は相当混雑したよ うだった。停電になるかもしれない大学(結果的にはならなかった)に敢えて行く用事もなく、塾も木曜日まで全面休校になったので、家を出る用事がなくなっ た。両親もいろいろな予定がキャンセルになったらしく、家にいた。各地の大学の卒業式も延期・中止が決まったらしい。水曜日の採用面接も中止との連絡がき た。今後も復旧作業と電力不足が続くことを考えると、各企業も採用活動どころではなくなるかもしれない。そうなったら、自分の卒業後の進路についても白紙 に戻して考えなければならないが仕方ない。
昼、ご飯を鍋で炊いてみた。米がなべ底に貼り付くのが難点だと思ったが、ある人から「残りの半分は雑炊にすればいい」との有用なアドバイスをもらった。
午後、新聞を読むために近くに住む祖母の家に行った。新聞にはいろいろ書いてあった。(「電力需要が今の 1.5 倍になる夏が心配」「火力発電用の需要による燃料高騰の懸念」など。確かに、と思った。)
帰りにあわよくば米を買おうと思ってスーパーに寄った。大型スーパーは食品売り場をのぞいて照明を落とし、エスカレーターも停止していた。乳製品、卵、米、納豆、電池などは売り切れだった。
茨城県では夜、実際に計画された停電が実施されたらしい。(筑波大ではいろいろ壊れたみたいだし、大変そうだ。。)
一日中家にいた。(何ら日本の役に立つ行動をしなかった。せめて「不要不急の外出」を控えた。)しばらくはこんな日々が続きそうだ。