重ね描き日記(rmaruy_blogあらため)

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読書メモ:Lost Connections(by Johann Hari)…うつ病は「つながりの病」である

 

Lost Connections: Why You're Depressed and How to Find Hope

Lost Connections: Why You're Depressed and How to Find Hope

 

「自分は決してうつ病にならない」と、自信をもって言える人はいるだろうか。

少なくとも私は不安だ。幸いなことに、まだその経験はない。ただ、20歳前後のころの私は「お前は生きる価値のない人間だ」という声が四六時中頭のなかで聞こえていて、今日という日をどう生きたらよいかわからない状態が続くことがあった。何とか布団を抜け出して図書館に行き、形ばかり物理学の教科書を開くが、結局居眠りをしてしまい、家に帰って誰とも話さなかった一日を終える。今から振り返ると、あの頃の自分の心はうつ病と近しい状態だったのではないかと思える。診断を受けたわけではないので、勘違いかもしれない。でも、いつ何どき、あのときの気分に舞い戻るかもしれず、そして今度こそうつ病になるかもしれないという恐怖感は、ずっとつきまとっている。

しかし、私だけではないと思う。どんなに人生が順風満帆そうな人でも、あるとき心が折れてしまうことがある。身近な人がある日うつ病を患うという経験はありふれているはずだし、そのなかには「なぜあの人が?」と思うこともある。もしかしたらいつか自分も……という一抹の不安をもたない人は、ほとんどいないのではないだろうか。

  • なぜ人はうつ病になるのか?
  • 現代の社会には、うつ病になりやすい要因があるのだろうか?

この二つの疑問に、圧倒的な筆力と調査力で迫ったのが、本書"Lost Connections"である。

著者ヨハン・ハリ氏は、社会科学のバックグラウンドを持つジャーナリスト。長年うつ病と闘ってきた当事者でもある。10代にうつ病の診断を受け、13年間にわたって抗うつ薬を服用してきたそうだ。

ハリ氏の主治医は、「うつは脳のなかの化学物質(セロトニンなど)のバランスが崩れたために起こる病気だ」という、よくある説明を彼にした。そして処方された抗うつ剤は、実際に「効いた」そうだ。ただその効果は一時的で、服用量を最大限まで増やしても、一向に良くならなかった。そして、30代に入ってから、服薬をやめる。そして「なぜうつ病になるのか?」をテーマにした調査・取材を開始する。

まずハリ氏が突き当たったのが、抗うつ剤の効果は、彼が信じていたほど確立されていないという事実だった。とくに「セロトニン欠乏説」などの通説が、科学者の間では無根拠だと思われていることを知り、衝撃を受ける。そして彼は、うつ病の「生物学的(biological)」な要因から、次第に「心理的(psychological)」そして「社会的(social)」な要因に目を向けるようになる。

Depression and anxiety have three kinds of causes — biological, psychological, and social. They are all real, and none of these three can be described by something as crude as the idea of a chemical imbalance.

なぜうつ病になるのか――脳の不調が起こるから。それはそうだ。じゃあどうして脳の不調が起こるのか? どんな状況に置かれると人はうつ病になるのかについて、何かわかっていることはあるのか? 著者は調査を開始し、1970年代からそうした研究はなされてきていることを知る。論文を紐解くだけでなく、論文の著者を訪ねてインタビューし、それらの研究の被験者への聞き取りなども重ねている。

ハリ氏がたどり着いた結論は、うつ病は「つながりの病」だというものだ。具体的には、うつ病の「9つの要因」を挙げている。

  • 意味を感じられる仕事が持てないこと(disconnection from meaningful work)
  • 孤独(disconnection from other people)
  • 真に重要な価値を見失うこと(disconnection from meaningful values)
  • 年少期のトラウマが抑圧されていること(disconnection from childhood trauma)
  • 社会的地位が脅かされること、人から尊重されないこと(disconnection from status and respect)
  • 自然界と疎遠になること(disconnection from the natural world)
  • 将来に対して安心感や希望を持てないこと(disconnection from the a hopeful or secure future)
  • 脳の不調(brain changes)
  • 遺伝的要因(genes)

最後の二つ以外が、うつ病心理的、そして社会的要因ということになる。いずれも、人間が本来つながっているべきものから切断している(disconnectしている)状態として描かれている。いくつかは、ハリ氏自身に当てはまるという。

仕事が単調だったり、孤独だったり、ポジションを失ったりなど、そりゃうつ病になりそうだな、と思うかもしれない。ただし難しいのは、これらの要因がうつ病に結び付くことを科学的に実証することだ。頭が下がることだが、そうした研究は過去に存在する。たとえば、18000人の公務員の仕事内容とうつ病の発症率の関係を調べた研究や、カナダの原住民の部族ごとに自殺率とその部族の置かれた要因の相関を調べた研究などが本書では紹介される。そうした大規模かつ周到な調査が、たしかに社会的要因がうつ病を生み出す証拠となることが、たくみなストーリーテリングとともに説明されていく*1。 

そのうえで、著者は処方箋を提案することを試みている。「薬ではないantidepressant(抗うつ剤)」として、下記を提案していく。

  • 人同士を接続する
  • うつ病で受診しに来た患者に社会的処方(social prescribing)を行う(ex:集団でガーデニングを行うなど)
  • 仕事に意味を感じられるようにする(ex:会社組織のヒエラルキー構造をあらため、働き手にコントロールを与える)
  • 物質主義的価値ではなく、真に重要な価値に目が向くようにする(ex:コマーシャルなどと距離をとる)
  • 共感力を高め、自我への執着度を下げる(ex:瞑想)
  • 年少期のトラウマを認め、乗り越える
  • 将来に希望を持てるようにする(ex:ベーシックインカム

それぞれについて数少ないながらも成功事例があり、それらの取材をもとに「こういう風に社会を変えていけばうつ病を減らせるはず」という提案を行っている。

読み進めていくうちに、正直、焦りが募った。自分の日常では、日本社会という大きな階層でも、個人的なレベルでも、ますます著者の言う切断(disconnection)が進んでいるとしか思えないからだ。私自身、努めて人との交際を避け、昼食はほぼ一人で食べ、休日は家族だけでショッピングに出かけるなどして都会の消費生活を謳歌している。こんなんで大丈夫か。それに、「社会がうつ病を生み出している」と言われても、個人レベルで出来ることは少なく思える。いきなり職場環境や住環境、まして社会全体の雰囲気を変えることなんてできない。

一方、本書では「うつ病心理的要因」についても触れられていて、その部分は役立つアドバイスに落とし込めるように思った。詳細は省くが、この点についての本書の主張を私なりに一言で言い換えれば、「自分の幸福(だけ)を追求するとうつ病になりやすくなる」となる。(注:もちろん、逆や裏は真ではない!)実際に、本書では、著者の友人で「他者との比較で自分の幸福度を測る」ようなマインドセットを意図的に変えたことによって、うつ病から遠のいた人物が出てくる。

「自分だけはうつ病になりたくない」というメンタリティーそのものを脱することが、まずもって踏み出すべき一歩なのかもしれない。 

*1:なお、著者は決して脳の器質的要因や遺伝的要因を否定しているわけではなく、まったく社会的な状況が同じでもうつ病になりやすい人がいることは認めている。ただ、その割合は全体のうつ病患者のなかではごくわずかだし、うつ病になりやすい傾向があっても、社会的状況次第ではうつ病にならないことにも注意を促している。