- 作者: キャス・R.サンスティーン,Cass R. Sunstein,山形浩生
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2017/11/21
- メディア: 単行本
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帯には「ハーバード大学ロースクールの名物教授が贈る画期的『スター・ウォーズ』論」とある。名物教授とは、キャス・サンスティーンのこと。今年のノーベル経済学賞をとったリチャード・セイラ―の共同研究者として、そしてオバマ政権に登用された法学者としても有名な人物だ。
高名な学者がスターウォーズの本を書いたと聞くと、二つの方向性が思いつく。
- 専門分野の見地からの、映画「スターウォーズ」の解題 (スターウォーズの脚本は○○学的に言うと××の点で優れているよ、この映画は実は現代社会の△△をモチーフにしているのだよ、等々。)
- スターウォーズをネタにした、専門分野の入門的解説 (民主主義とは、憲法とは、スターウォーズでいうところの○○だよ、等々。)
この本はどちらでもなかった。
たしかに、「反乱軍」を「アラブの春」と結びつけてみたり、映画のヒットの理由をネットワーク科学の言葉で分析してみたりはしている。けれどもそこから何か学術的に深い話を始めるわけでもなく、「やっぱりエピソード5が最高だよね」という話で落としてしまう。
本書は、いちスターウォーズ・ファンによる、(学術的に若干ソフィスティケートされてはいるものの、あくまで)「スターウォーズ談義」の本なのだ。
訳者の山形浩生氏も、この本を「かなりユニークな本としか言いようのない代物」と評している。
結局のところ本書は、サンスティーンがスター・ウォーズ新作公開にはしゃいで作ってしまった、本当に純粋なファンブックなのだと見るのがいちばん適切なのだろう。あのサンスティーンが、と(ぼくを含む)多くの人は思う。(訳者あとがき)
山形氏は著者が「はしゃいでいる」という。たしかにそんな感じだ。
ただ、自分としては、もうちょっとだけ、この本にサンスティーンの本気度を見たい。単に「スターウォーズ祭り」に浮かされて勢いで書いたというだけではない必然性があったんじゃないかと思いたいのだ。
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そう思うのは、たぶん、私自身がスターウォーズのファンだから。
ものごころついたころから旧三部作を繰り返し見て(見させられて)育ち、プリクエル三部作を中・高時代に体験し、エピソード7もなんだかんだ映画館で3回見てしまった私は、スターウォーズに取りつかれている一人と言えると思う。(ハードコアではないにしろ、少なくともタイ・ファイターとタイ・インターセプターの区別はつくくらいの知識はあります。)
うまく言えないのだが、私たちスターウォーズのファンにとって、現実の一つの側面になっている。世界は、「仕事」と「家庭」と「趣味」と「スターウォーズ」に分けられていて、日々どんなに仕事や趣味の世界を広げていっても、それとは別にスターウォーズの場所が心の中で確保されている、みたいなことになっている(これがスターウォーズという映画に特有のことなのか、人それぞれにこんな作品があるものなのか、気になるところ)。
そうやって、スターウォーズのことを考えたり考えなかったりしながら生きていると、ときどき思うことがある。スターウォーズって、結局自分にとってなんなんだ? なんで一つの映画にこんなに心を動かされるのか? 何億人の心をつかむ要素が、この映画のどこにあるのか(「父と子」というモチーフ? ジェダイの宗教性? 帝国と共和国の相克という、政治的テーマ?)? そもそも、ジョージ・ルーカスは何を考えて作ったんだろう? これからディズニーが繰り出してくるスターウォーズと、自分はどう付き合っていけばいいんだ?
そしてこれらは、スターウォーズ・ファンにとっては、たんに一つの趣味に留まらない「人生の疑問」になっていくのだ。
私には、サンスティーンもこの問題に突き当たったのだと思えてならない。そして、学者として磨いてきた分析力とスターウォーズへの原初的な愛という二つのものの「折り合い」を、本書でつけたのではないだろうか。
各章で、サンスティーンは憲法学、行動経済学、ネットワーク科学の言葉をつかって一見論理的な分析をこねくり回してみせたうえで、「でも私はこれが好きだけどね」という独断的な宣言で締めている。これはかなり意図的にやっている。人の行動は結局は説明のつかない「選好」に基づいているというのは彼の理論の根底にあるアイディアだが、彼自身が「説明不能なスターウォーズ愛」に突き動かされている。その有様を、露骨に、皮肉をこめて、本書で体現してみせているのだろう。
本書では繰り返し、ジョージ・ルーカスが、エピソード5~6の脚本に関して「登場人物を誰か死なせるほうが効果的なのでは?」と提言されたときに言ったとされる、「そんなのいやだし、そんなの信じないね」という言葉が引用される。「好き/嫌い」とか「信じる/信じない」を持ち込んではいけない学問の世界に生きるサンスティーンが、本書でスターウォーズをタネに思いっきり逆方向へのアクセルをふかしている様子が、とにかく爽快だった。
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この本は、「スターウォーズ? まあ見るけど、そこまでじゃないかな」という人にはお勧めしません。サンスティーン著の読者であってもです。逆にスターウォーズ・ファンであれば、サンスティーンも「行動経済学」も「ナッジ」も聞いたことがなくても、きっと楽しめると思います。
さて、「最後のジェダイ」は何回見に行こうか。