「ヒラノ教授シリーズ」の新刊。いったい何冊目になるのだろう…。
今回の主人公は、ヒラノ教授(=著者)の指導教官の森口繁一教授。「東大工学部の30年に一度の天才」と呼ばれ、統計学・OR・プログラミング・数値解析などの分野で第一人者として活躍した人物だそうだ。本書では、著者が森口教授と出会ってから、2002年に逝去の報に接するまでの様々なエピソードが紹介される。これまでの著書と重なるものもあるが、今回初めての内容も少なくない。著者の記憶の引き出しの多さは本当に驚異的としか言いようがない。
森口繁一という名前には、僕自身は正直ピンとこなかった。でも、弟子がすごい。森口教授や著者が所属したのは東大・工学部・応用物理学科の「数理工学コース」というところなのだが、そこから輩出された人々の中には伊里正夫、甘利俊一がいる。また、森口研究室と合同でゼミをしていたという経済学部のメンバーの中に竹内啓がいたという。いずれも、僕などにとっては「雲の上のその上」レベルの先生方だ。そうした大学者たちが助教授だった時代に彼らを束ねていたのが森口教授だったと言えば、その存在の壮大さが(分かる人には)伝わると思う。
森口教授を始めとする秀才たちとの交流のエピソードが紹介されているわけだが、ただ「凄かった」と褒めるだけじゃないのが、ヒラノ流。彼らの弱点を茶化したり、研究者同士の不和のエピソードを暴露したりもする。当事者が読んだら怒るのではないかと心配になってしまうのだが、「工学部の語り部」として腹をくくった著者の無敵な書きぶりは本書でも健在。(でも、さすがに森口教授に対してだけはネガティブな記述はなかった。)
研究者たちの素顔を知ることができるのが楽しいのに加えて、60~70年代の「数理工学」がどのように発展したのか知ることができる。「線形計画法」や「FORTRANプログラミング」など、いまでは教科書が何百冊と出ているような古典的な分野にも、当然ながら起源がある。普段はあまり意識することがないが、それらは1950年代のアメリカで「誕生」したものなのだ。森口教授は、アメリカ発のそうした新しい分野を勉強して、いち早く自分のものにすることに長けていた。(著者の説によれば「深い数学の素養をもつ人が、良く書かれた教科書を集中的に読んで勉強すれば、数年でその分野の第一人者になれる」とのこと。機械学習や人工知能の分野を思い浮かべると、今日でもそれは成り立つ気がする。)森口教授には「研究は役に立たなければいけない」という強い信条があったのだという。一つの分野を極めることよりも、教科書の執筆や企業・官庁との共同研究に力を注ぎ、そうして統計学・品質管理・OR・数値解析の最先端の成果をどんどん日本に広めていったのだそうだ。英語の学術論文はあまり書かなかったために、業績の多くが弟子たちに上書きされてしまい、忘れられかけている。「森口教授が日本の産業に対して行った貢献は計り知れないのに」と著者は嘆く。
悔しいことではあるけれど、革新的な工学的手法や発想は、海の向こうで生まれることが多い。森口教授のような「役に立てるために」というスタンスをとるならば、そういう海外の研究成果をいち早く取り入れて、利用・発展させるというアプローチが有効である。(そういう状況は、森口教授が若手だったころから50年経った今でも変わらないのではないかと思った。)森口教授のような人々の努力あったからこそ、僕らは日本語で最先端の勉強・研究ができる。本書のこのようなメッセージが、僕の中では一番印象に残った。
情報工学・数理工学系の学生やそのOBの人にとっては、自分の学んでいる学問の源流の一端を知ること出来ると思うのでぜひおすすめしたい。「線形計画法」が「ディープラーニング」と同じくらいホットだった時代があったかもしれない、などと考えるのは楽しくないだろうか。