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読書メモなど

聴講メモ:『人工知能のための哲学塾』刊行記念イベント

昨晩はこちらのイベントに参加してきました。

www.bnn.co.jp

 

人工知能のための哲学塾

人工知能のための哲学塾

 

この本のもとになった「人工知能のための哲学塾」という勉強会(全6回)も気になっていたのですが、すぐに定員が埋まってしまう人気ぶりだったこともあり、行くことができずにいました。刊行記念のイベントがあると聞き、ぜひこの機会にと、会社帰りに参加しました。

会場は六本木にある株式会社Speeeのオフィス。ブックカフェのような、とてもおしゃれな会場でした。以前スマートニュース社でのイベントに参加したときも感じましたが、最近のIT系スタートアップ企業のオフィスは本当に個性的ですね。

 

冒頭は、三宅さんのトーク。人工知能をとりまく概況と、なぜゲームクリエーターである三宅さんが「哲学」について考えているのかが説明されました。

ちなみに、『人工知能のための哲学塾』には、デカルトフッサールメルロ=ポンティベルクソンデリダをはじめとした大勢の哲学者が出てきます。とても1冊の本で紹介しきれる哲学者のレパートリーではないし、まして本書のテーマは「人工知能」。なぜこんな本になったのか。

三宅さんは、「自分がしたいのは、もっと良いゲームAIをつくること、それだけ」だと言います。冒頭では、格闘ゲームのAIのデモ動画が紹介されました。はじめは人間プレーヤーにやられるばかりだったAIが、数万回の対戦を学習したあとでは、無敵の強さになります。アーケードゲームならばこのようにAIは人間を軽く凌駕できるが、もっと高度なゲームで、より良い(より人間らしい)AIをつくためには、どうしても哲学を参照する必要がある。そう三宅さんは考えて、「哲学塾」を始めたそうです。

ただし今回のトークでは、六本木のIT企業に集まったオーディエンスを意識してか、ゲームAIの話はひとまず脇において、「ビジネスとAI」という切り口の話から始まりました。現在のAIブームはさまざまな技術的蓄積のうえに到来したものである。そもそも、AIは三つの理由からブームになりやすい。(その三つとは「言葉の定義があいまいなこと」・「学問的な基礎づけがないこと」・「人々の関心事になりやすい身近な対象を扱っていること」だそうで、個人的にはこの整理の仕方はかなり腑に落ちました)。また、今回のAIブームの主役は「データ」であり、ウェブ空間から「現実世界」にはみ出してくるのを特徴とする。

AIブームの見事な総括のあと、三宅さんは次のようなことを言いました(と自分は解釈しました)。今の人工知能は、データを蓄積し、それを駆使して人間の知能を一つずつ実現することで発展していっている。今後、AIビジネスで新しいことをしたいならば、考えるべきことの一つは、どこまで「深い」知能をAIで実現するかということである。「画像から人物を認識する」だとか「アーケードゲームに習熟する」などという比較的「浅い」レベルの知能で応用を広げていくのか、人間の知能のもう少し深いところの実装を目指すのか。もし「深み」を目指すのであれば、そのときこそ哲学が必要だ。

こうして話が「哲学」に戻ってきたところで、トークが終わりました。

 

続く鼎談では、三宅さんとゲーム作家・文筆家の山本貴光さん、そしてSpeeeのCEO大塚さんが登壇。山本さんによる「なぜ哲学が必要か」についての別観点からの整理、大塚さんによる『哲学塾』へのビジネス的観点からの感想などは興味深かったです。

 

最後に感想を一言。

人工知能でビジネスしたい人、人工知能研究で知能の本質に肉薄したい人、ゲームAIに命を吹き込みたい人など、人工知能をめぐる人々の動機には多様性があるのは前から感じていましたが、今回のイベントも強くそれを思いました(そして、三宅さんや山本さんが、どの動機にも瞬時に視点を移して話されるのがさすがだと思いました)。それから、「人工知能をつくるのに哲学が必要か」という問いは、たぶんその問い方だと大雑把すぎて、ある目的のためには必要だし、別の目的のためにはエンジニアリングだけ十分、ということになるのだろうと思います。しかし、エンジニアリングで解ける領域と、哲学的思索が求められる領域を明確に分けられるかというとそうではないのかも、ということも同時に思いました(イベントで同席した方は「強いAI/弱いAIの区別が必要だ」とおっしゃっていたのですが、「弱い/強い」の区別でどこまでうまく交通整理ができるかについては、私は若干懐疑的です)。むしろ、エンジニアリングの領域でやっていたつもりが、哲学に打ち当たってしまった、なんていうことも起こったら楽しいと思うのですが、どうでしょうか。

人工知能のための哲学」と「ビジネスのための人工知能」というのは一見相性の悪そうな組み合わせですが、もしかしたら深いところではつながっているのかもしれない。そんなことを考えさせられた一夜でした。