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読書メモなど

読書メモ:Patient H.M. (by Luke Dittrich)

 

Patient H.M.: A Story of Memory, Madness, and Family Secrets

Patient H.M.: A Story of Memory, Madness, and Family Secrets

 

 

患者H.M.と、彼に携わった科学者たちを描いたルポルタージュ

言わずと知れた患者H.M.(本名ヘンリー・G・モレソン)は、「脳科学の歴史のなかでもっとも有名な患者」とも言われる人物だ。20代後半のときに、持病のてんかんの発作を抑えるための手術を受けるが、術後に逆行性健忘症を発症し、それ以降、30秒程度しか記憶を保持できなくなる。その珍しい症例から、記憶と脳の関係を調べる科学者にとってまたとない研究対象になり。記憶の形成に海馬が関わっていること、記憶には「陳述記憶」と「手続き記憶」の2種類があることなど、脳科学の基本的な知見の数々が、彼一人の症例を通して得られていく。半世紀以上にわたって毎日研究室に通い続け、死後には脳の解剖も行われる。まさに生涯を通して科学に貢献し続けた人物。

H.M.という個人の記憶力の犠牲と引き換えに、人類は脳の仕組みについての知識を手に入れた。彼には気の毒だけど、科学にとっては幸いだった。——多くの人は、私自身も含めて、そんな風に「患者H.M.」という存在を認識していたのではないかと思う。けれど、よく考えてみると、不思議なこともある。

  • そもそも、H.M.はどうして、記憶力を失うような危険な手術を受けたのか?
  • なぜH.M.は、50年以上も研究に協力しつづけたのか?

この本には、その答えが書かれている。

著者のLuke Dittrichは、スポーツ・科学・犯罪などの分野で活躍している気鋭のジャーナリストだそうだ。加えて著者は、H.M.と深く関わった二人の科学者と個人的な縁をもつ人物でもある。そんな著者のライターとしての力量と、自身のルーツにも関わる個人的な思い入れ。その両方を活かして書かれた、希有な一冊になっている。

本書で著者は、膨大な量の論文・私信・カルテなどの文献調査や、当時を知る人たちからの聞き取りを通して、H.M.の人生の周りのナゾを解いていく。決して美談では済まない事実、科学者の不純な動機、科学者同士の軋轢など、とても人間的な科学者たちの姿が浮き彫りにされていく。

本書に登場する科学者のうちでとくに重要なのは、H.M.の手術を執刀した神経外科医のウィリアム・スコヴィル、そして、H.M.の後年の研究を担当した神経科学者スザンヌ・コーキンの2名だろう。スコヴィルは著者の祖父、コーキンは著者の母親の親友という、著者との縁が深い二人でもある。

まずスコヴィルについて。現代の感覚からすると、かなりヤバい人だ。「ワイルド・ビル」というあだ名がつくほど豪快な人だったらしく、ロボトミー手術を精力的に行っていた彼は、精神病患者を治すというよりは「実験する」というスタンスで手術を行っていた。本書では、彼がH.M.の手術を行ったときのシーンが(著者の想像力で)描かれているのだが、H.M.の脳を開いたスコヴィルは、てんかんの原因箇所を突き止められなかったにもかかわらず、海馬の全摘出に踏み切る。その動機は、結局のところ「切ったらどうなるか知りたい」というものだった。H.M.だけでなく、スコヴィルは何百人もの患者に同様のスタンスでロボトミー手術を行った。

現代であれば決して許されないやり方だと思うが、この手術がその後の科学に多大な功績を残したのは事実だし、その手術でH.M.のてんかんが「治った」のも事実だった。それでも、スコヴィルは断罪されるべきなのか。また、もう一つ、著者の調査で明らかになったことがあって、それはスコヴィルの妻(著者の祖母)が精神病の患者であり、スコヴィルが勤める精神病患者収容所(当時の言葉で”asylum”)に入院していたという事実だった。もしかしたら、スコヴィルは妻を治すために研究に没頭していたのかもしれないのだ。スコヴィルという個人の中のいろんな動機が折り重なって、脳科学に革命的な前進をもたらすことになる患者H.M.が誕生した。科学の発展の一筋縄ではいかなさに、言葉を失うしかない。

もう一人のスザンヌ・コーキンは、別の意味で考えさせられる人物だった。スコヴィルとともに研究を手がけたブレンダ・ミルナーから患者H.M.の研究を引き継いだコーキンは、H.M.の保護者的な存在になる。と同時に、H.M.は彼女の研究者としてのキャリアを築くのに欠かせない資産となる。本書では、H.M.に関する業績をある種独占しようとしていた人物としてコーキンは描かれている。また、H.M.の死後、著者がコーキンに対して行ったインタビューのなかで、H.M.についての膨大なデータをどうするのかと聞いたところ、「シュレッダーにかける」ということを言ったらしく、著者はそうした態度に疑問を付している。なぜ彼女は、貴重な一次データを捨てるなどという、科学者にあるまじきことを言ったのか? H.M.との数十年に渡る研究の中で、コーキンを突き動かしていたのは、果たして科学を前進させるというモチベーションだけだったのだろうか? 著者は事実しか書いていないし、コーキンは近年亡くなったので真相は分からないが、ここにも闇があることが示唆されている。なお、本書のコーキンについての記述が不適切であるとして、元同僚のMITの科学者たちが声を上げる事態になっているらしい。

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推薦文の一つに「オリバー・サックススティーブン・キングの融合だ!(Oliver Sacks meets Stephen King!)」とあったが、確かにサスペンス小説のような見事な文章で、ドキドキしながら最後まで読んだ。

面白いだけではなく、患者H.M.の事例にとどまらない普遍的な論点、とくに研究倫理の問題やトランスサイエンス問題などにまつわる重大な論点を、いくつも投げかけている1冊だと思う。

今後、この本がどんな風に語られていくか、要注目だ。