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読書メモ:心はすべて数学である

 

心はすべて数学である

心はすべて数学である

 

 日本のカオス研究の第一人者であり、最近はカオス理論と脳を結びつけた研究で知られる津田一郎先生の新刊。本書では、著者のライフワークである脳と心と数学と複雑系科学の関係について語っている。編集者からの質問に答える形でまとめたものだそうだ。

まず、タイトルが『心はすべて数学である』である。野心的な命題だ。この命題をメイク・センスするためには、「心」や「数学」や「である」を定義しなくてはいけない。「心」も「数学」も、それぞれ難しい概念で、ナイーブに分かっているつもりでも言葉で言い表そうとしたとたんゲシュタルト崩壊してしまうところがあるので、それらについて語るならば、どういう立場で「心」や「数学」を捉えますよ、というところから始めてほしい。しかし、この本ではそういう風に書かれていない。数学も心も定義せずに、ただ「私は心は数学だと思う」という信念を表明するだけなのだ。

そのほか、具体的な論証を伴わずに、本書では著者の非自明な直観がいくつも提示される。たとえば、

  • 数学は心である (数学は心の働きである)
  • 心が脳を表している (脳が心をつくるのではなく、心が脳をつくる)
  • 脳の物理現象はカオスである (脳内現象は、その計算不能性が本質)
  • カオスが心を表している (カオスが脳の中で「計算」を行っている)

など。

これだけ書いても意味が分からないが、本を読んだ後でも、相変わらず分からない。話が核心に入りそうになると、「ここで少しわき道に」など言って、はぐらかされてしまう。とてもフワッとした本なのだ。

けれども一方、著者が言いたいこと/やりたいことはよく伝わってくる。本書から離れる部分もあるが、いったい津田先生は何がしたいのかを、以下自分なりにパラフレーズしてみる。

津田先生の直観(「心は数学である」)に到達するためには、「脳内の物理現象が心を生み出すのはどういう仕組みか?」という疑問から出発するのが分かりやすいように思う。「生み出す」というのが言いすぎなら、「脳内現象と心の働きの間に写像を見つけるにはどうしたらよいか?」でもいい。心との写像が取れるような物理現象のレイヤーはなにか。今の主流の回答は「ニューラルネット」だが、果たしてそれで十分なのか。ニューラルネット(もしくは「チューリング・マシン」までに広げてもいいのかも知れない)が、人間の心で起こることをすべてシミュレートできるか。たとえば数学は?

「無限」を扱うような数学をするときの心の働きは、ニューラルネットのモデルではシミュレートしきれないだろう、という直観がはたらく。それの直観を大事にして、前提としよう。すると、ニューラルネットよりも複雑なモデルを、脳内に見つけなければいけない。思いっきり単純化を排除して、脳内現象を虚心坦懐に見れば、そこにあるのは超複雑系の時間発展である。カオスである。そのレイヤーにまで見なければ、心と脳との間の写像関係を見つけることはできないと、カオス研究者の著者は発想する。

では、そうだとして(カオスとして脳を記述すれば心が分かる「可能性」があるとして)、カオスと心はどのようにつながるのか。カオスには「因果関係をつぶす」働きや、「時間的ダイナミクスを空間に埋め込む(=記憶)」働きがあるなど、いくつかの可能性が示唆される(そして著者は生物実験でその証拠を見つけているとも主張する)が、まだまだ理論は整備できていない。確かなのは、カオスと心の間の写像をつくるときに、まだ見ぬ「数学」が、心を説明するための鍵となるだろうということだ。だから、「心は数学」なのである。以上が、本書の内容の自分なりの解釈。

しかし、本書で一番「なるほど」と思わされたのは、「最終的には心は数式では書けないと思う」という、一見矛盾することを言っている箇所だった。次のように書く。

しかし、科学とは現象を式で書こうとしなければならない。実際に書けるかどうかはまた別の話です。 「書けない」ことだけをいっても仕方がないので、「書こうとしても書けない」ことを証明しなければならない。だから不可能問題なのです。

ゲーデルが数学に対して示してように、「心には心のことが分からない」ことを、何らかの科学の方法で示す、そのために研究をするのだというのだ。僕の個人的感覚では、これはとても正しいように思えた。

***

語り口は易しいけれど、じっくり読んでも何一つ理解できない。にもかかわらず、著者のやりたいことは伝わってくるし共感できるという、不思議な本だった。この本が難しいのは、説明が上手くないからではなく、著者自身にもまだ分かっていないことを書いているから、というのが真相に近い気がする。

津田先生のようなアプローチが脳科学・人工知能研究の主流になるのは難しいと思うが、こういう息の深い発想にもとづく研究には目を凝らしていきたいと思った。