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読書メモなど

読書メモ:Logicomix

"Logicomix"という本を読んでみた.初版は2009年と少し前の作品.

ある方に教えていただき,英語版を購入した(日本語には翻訳されていないらしい).

Logicomix: An Epic Search for Truth

Logicomix: An Epic Search for Truth

 

 20世紀初頭の数学基礎論をテーマにしたコミック作品.

主人公は,この時代を代表する論理学者であるバートランド・ラッセル.彼が人生を振り返り,カントールフレーゲ,ホワイトヘッド,ヒルベルトウィトゲンシュタインなど名だたる人々と出会い,いかに数学基礎論が発展したかが描かれている.

想像していたのとは違って,よくある「教科書に書かれていることを絵で分かりやすくした」という種類のマンガではなかった.むしろ,絵と台詞で綴った小説という感じだった.これは英語では“graphic novel”というジャンルに分類されるそうで,まさに「絵画的な小説」というにふさわしい作品に思えた.

Logicomixでは,数学基礎論そのものよりも,ラッセルをはじめ数学基礎論に人生を捧げた人たちの内面に焦点を当てられている.作者が答えようとするのは,「なぜラッセルたちはあんなにも熱狂的に“数学の基礎”を研究しようとしたのか?」という素朴な疑問である.それを知るには,彼らが生きていた20世紀初頭という時代について考える必要がある.それは,学問が激動を迎えていた時代.そして戦争.いつ自国が戦争状態になるかわからないような時期に,「数学の基礎論」といったテーマを追求することに彼らはどんな意味を見出していたのか. ※以下,ネタバレあり.これから本書を楽しみたい方は読まないことをおすすめします.

 

*** 

 

特筆すべきなのは,この作品ではラッセルらの人生が「悲劇」として描かれていることだった.輝かしい功績を残した彼らの人生のどこが悲劇なのか?

(導入部を除けば)本書は次の場面で始まる.第一次世界大戦の最中のアメリカで,ラッセルが「戦争に参加すべきか,すべきでないか」を聴衆から問い詰められている.どうして人々は論理学者のラッセルにそれを問うのか.それは理性(reason)への信頼があったからだった.理性の欠如(irrationality)こそが戦争など人間の不幸を招く.理性の最たるものが数学であり論理学である.今では想像もできないことだが,そういうふうに思われていた時代だったようだ.そういう時代感覚に,僕ら読者はいきなり引き込まれる.

「理性」はそんなに頼りになるのか.作中のラッセルが語り始めるには,ラッセル自身も,若い頃はそう信じていた.幼少期,狂信的な祖母に育てられ,また一族に精神疾患に苦しむ者が多かったラッセルは,身の回りの世界の“irrational”さに怯えて暮らしていた.そんな彼が見つけた希望の星が,ユークリッド幾何学だった.揺らぐことのない「真理」を求めるユークリッド幾何学は,ラッセルを魅了していく(作中でラッセルの数学の家庭教師がつぶやく″mathematics is our only hope”という台詞が印象的だった).

しかし,大学へ進んだラッセルが思い知るのは,その数学の基礎が揺らいでいるという事実だった.数学者たちは,数学の確実性がどこからくるのかについて,誰も答えを知らないことに気づきつつあった(いわゆる「数学の危機」と呼ばれる時代のさなかだった).そこで,数学の基礎を確固たるものにしなければならない(し,それはできる)と考える,フレーゲヒルベルトがいた.やがてラッセルもそのような人々に加わっていく.数学の基礎を確固たるものにすることは,数学だけではなくて,人類がよりよく生きることにつながる.そんな学問への信頼が,残っていた最後の時代だった.

そうした信頼を切り崩すのは,他でもない数学の基礎の探求者たち自身だった.ラッセルのパラドックスフレーゲの仕事を無にしたし,ラッセルの「プリンキピア・マテマティカ」にしても,ラッセルが思い描いていたものには届かずに終わる.ヒルベルトの夢はゲーデルの「不完全性定理」で打ち砕かれる.終盤で,ラッセルは冒頭の聴衆に対して,「自分の真理への探求は失敗に終わったのだ」と語る.また,だからこそ戦争の善悪を導き出せるような「理性」はないのだと言う.

ラッセルの物語の間には,作者たち自身が登場して作品について「ああでもない,こうでもない」と述べ合う場面が挿入されているのだ(そしてそこも結構重要なのだ)が,以上がだいたいのストーリーである.事実関係については脚色も多いとのことだが,かなりの詳しく文献を調査して上で書かれた物語だと思われる.

作中の「作者」たちが語るには,論理学者と狂気(logician and madness)が本書のテーマの一つだと言う.ラッセルやヒルベルトの夢はついに叶えられなかっただけではなく,理性の高みに最も近づいていると思われていた(そして思っていた)彼らこそが,実はもっとも「狂気」に近い人達だったのではないか.彼らの多くが後年に精神を病んでいくし,(これはどういう直接の関係があるか分からないが)子供が精神病を発症し,家庭生活が崩壊したりするケースも多い.数学や科学など,学問は「世界を写すマップ」に過ぎないのに,それを「世界そのもの」だと取り違えてしまった人たちがいる.「数学の危機」時代の論理学者はその最たる人たちなのではないか.そんなようなことを,「作者」の1人は言っている.

フレーゲ・ラッセル・ヒルベルトの仕事は,その後の数学やコンピュータ科学を花開かせたという意味で,輝かしい歴史として語られることが多い.しかし,彼ら自身の「真理の探求」とって,それは「失敗」だった.彼らは「取り違えていた人々」だったから.その意味で,悲劇なのだ.

「悲劇」にスポットを当てることで何がみえてくるかというと,僕らが享受している20・21世紀の文明が,「(本当は存在しなかった)真理を探求した知の巨人たちの,ある意味で“犠牲”のおかげである」のだということ.それが,この作品で作者が伝えたかったメッセージであるように感じた.

軽快なイラストとは裏腹に,なんとも深い読後感を味わえる作品だった.ぜひこんなgraphic novelを他にも読んでみたい.