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読書メモなど

日々の雑感メモ:参院選の前に

先日お会いした、とある物理学者の先生が、「物理学者どうしの『議論』というものについて、いまひとつ理解されていないと感じる」というようなことを言っていた。

自分のアイディアを相手にぶつけ、アイディアの未熟な部分を指摘してもらって、より良いものに鍛えていく「議論」は、もちろん研究の世界では欠かせない。

だけど、専門家でない人にとっては「喧嘩」とかに見えてしまうことがあるらしい。歯に衣着せない物理学者同士の議論を目にして、「人間関係がこじれているのか?」と取られたりすることもあるのだとか。

荻上チキさんのラジオ(TBSのSession22)をずっと聞いている。最近は参院選を特集していて、各党の幹部の人を呼んでそれぞれの党の選挙公約などについて突っ込んで質問をしていくシリーズが始まっている。「政治家が話したいこと」だけじゃなく、「議論を避けていること」にも、荻上さんが切り込んでくれていて面白い。

この番組のtwitterでの反響がまた面白い。「チキさんよく聞いてくれた!」という番組自体を褒めるコメントから「○○党はやっぱりダメだな」といった感想などさまざまある。気になるのは「荻上チキは右(左)翼の味方なのか?」とか「そんなことを聞くのはおかしい」などのコメントが少なくないことで、個人的には、そういうリアクションはちょっとおかしいと思う。あと、「政治家がやり込められている」構図をスポーツのように面白がっているような書き込みも多く、自分も確かにそのような面白みを感じている1人ではあるのだけど、それだけじゃだめだよなあと思う。荻上さんは、別に、政治的意図をもって政治家をやり込めようとしているわけではないし、ショーとして対決を演出しているわけでもなく、たんに相手のアイディア(政策)がちゃんとしたものであるかを吟味するための情報を引き出そうとしているだけなのに。相手を「ぎゃふん」と言わせるのが議論ではないのに。

だったら、毎日「議論」をする研究者たちだったら、政治などのトピックについても議論をするのかというと、そうとは言えない気がする。だいぶ前になるけれど「事業仕分け」というものがあった。そのとき、僕のまわりの理系の人たちには「あればダメだよね(笑)」みたいな空気があって、個人的には「2位で何がいけないの?」とか思っていたのだけど、とても周りの意見を聞いてみることができなかったのを覚えている。

真剣に意見をぶつけ始めたとたん、なぜかそれは「喧嘩」だとみなされてしまい、「どちらのプライドが折られるかのバトル」が始まったことになってしまう。

なんとかならないのかなあ、と思う。

こんなことを考えてはみたものの、自分とて「議論」ができない1人だ。

明日からもなんら議論を戦わせることなく、日々をすごすことになると思う。

そして、session22をこっそり聞いて、選挙で投票する政党などを決めることになると思う。