重ね描き日記(rmaruy_blogあらため)

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読書メモ:Altered Traits(Daniel Goleman & Richard Davidson)…「瞑想の脳科学」はどこまできたか

 

Altered Traits: Science Reveals How Meditation Changes Your Mind, Brain, and Body

Altered Traits: Science Reveals How Meditation Changes Your Mind, Brain, and Body

 

瞑想の科学的研究の第一人者らが、瞑想研究の歴史と最先端を概説した本。

著者らのプロフィールから言って、今後数年以内に出される「瞑想の科学」の本のなかでは決定版になるだろう。

いまでは脳科学の一大トピックとなった「瞑想」あるいは「マインドフルネス」だが、2016年の論文数は1113本にも上ったそうだ。しかし、著者ら研究を始めたばかりの1970年代には、瞑想はまだ科学研究の対象とは見られていなかった。

著者のGolemanとDavidsonは、ともに心理学者としてキャリアをスタートしている。瞑想へ関心をもち、学生のころから度々インドにわたっていわゆる「リトリート」を経験している(ちかごろ読む本の著者の多くが瞑想リトリートを経験しているのに驚く)。心理学者として瞑想の効果を検証しようと志すが、当時は周りの理解が得られず、とくに年長のGolemanは研究生活を中断したりもしている(彼は科学ライターになり、著書『EQ こころの知能指数』などで大ブレイクする)。

著者らが行った初期の研究は、瞑想中の人の心拍や発汗量を調べるというものだった。「ストレスが軽減されている」ことを示す結果は出たものの、今から思うと再現性などの面で問題が多かったと著者らは振り返っている。しかし、やがてEEGfMRIなど脳を測定する道具が発明されるにつれ、確固たる結果が得られるようになってくる。瞑想にはストレス軽減、他者への思いやりの増大、集中力向上などの効果があると言われているが、それを説明するような脳の変化が多く見つかっていく。本書では章ごとに、「ストレス」「共感」「注意」「自己」「痛み」「精神疾患」といった瞑想との関連が知られるテーマを取り上げ、これまでに知られている知見を紹介している。

本書の特色となっているのが、「瞑想する人の熟練度」を重視する点だ。著者らは瞑想の熟練度を生涯での瞑想の実践時間で測るのだが、たとえば1000時間、10000時間、60000時間の瞑想家では、脳に現れる効果が、安静時・瞑想時ともに大きく違うのだという。有意な結果が出ていないように見える実験でも、実践歴を考慮に入れると有意差が出たりするのだそうだ。

数時間だけ瞑想した人から60000時間の瞑想歴をもつ熟練ヨギの脳まで、段階的な変化がある。このことからかるのは、脳と心はどこまでも変えていけるということだ。脳のとある部位の大きさといった構造的特徴から、特定の波長の脳波(注意を集中しているときに出るガンマ波など)の増強といった機能的特徴まで、瞑想を実践すればするほど脳は変化していく。これまで多くの脳研究では、瞑想や薬物などに対して脳がその「瞬間」にどう状態を変えるか、つまり脳の「変性状態(altered state)」に注目してきたが、本当に重要なのはその変化がいかに定着するか、つまりの習性がどう変わるか(altered trait)なのだ。これが、本書のタイトルにも込められたメインメッセージとなっている。

なお、著者らは世界有数の瞑想スキルをもつヨギたちをアメリカのラボに連れてきて測定を行っている。そんなことができたのは、著者2名が瞑想の実践者であり、ヨギたちとの人脈をもっていたからだ。それにも増して大きかったのが、ダライ・ラマ14世の存在だという。ダライ・ラマは、1980年代に生物学者フランシスコ・ヴァレラらとともにMind and Life Instituteという研究機関を設立し、瞑想の科学的研究を促した。そのときの設立メンバーに、著者2人も入ったいたそうだ。

いまや瞑想は一大ブームとなり、「瞑想アプリ」もたくさん出ているほどだ(私も先日Googleのアプリをスマホに入れてみた)。このブームのおおもとに、瞑想に関心をもつ西洋の科学者と、科学に関心をもつ東洋の瞑想家の出会いがあったとは面白い。瞑想ブームの源流を知る実録としても読みごたえのある一冊だった。