rmaruy_blog

読書メモなど

思考整理メモ:科学コミュニケーションから考える量子力学の解釈問題(前編)

ノーベル物理学賞が発表されたばかりで、世間的には「重力波」がトレンドなのかもしれませんが、今回は「量子力学」がテーマです。とくに「量子力学の解釈問題」について、近頃考えたことを書いてみたいと思います。

量子力学について、みんな違う意見を持っている?

先日、ふと思い立って、こんなアンケートをtwitterで流してみました。

回答者は30人。自分の拡散力の乏しさを思い知る結果になりましたが、それはともかく、票が割れたのは面白いと思いました。

もちろん、これはたった30人の、不特定の方の意見でしかありません。きちんと量子力学の専門家たちの間では、もうちょっと一致した見解があるのかもしれません。いま物理学界では、「量子力学の解釈問題」はどうなっているのか。それを知りたくて、いくつか本や論文を読んでみました。

分かったのは、どうやら専門家のなかでも、というかむしろ専門家のなかでこそ、議論が収束していないらしい、ということでした。

ちなみに、量子力学には、よく知られているように、いくつかの「解釈」があります。

…等々。

どの「解釈」を採用するかで意見が分かれているというのは周知のことです。先のアンケートでも、解釈が分かれていること自体は前提として、どれを支持するかはあえて問いませんでした。

今問題にしたいのは、それ以前の部分です。つまり、

  • (どの解釈をとるかはともかくとして)量子力学は物理理論として完成しているといえるか、いえないか
  • 量子力学の納得いく解釈が(少なくとも一つ)あるか、まだないか (≒奇妙さの有無)
  • 上二つをまとめて、量子力学の解釈問題は解決済みか、未解決か

というところでの、見解の相違です。もしその部分で見解が分かれるのなら、プロの物理学者を呼んできて先ほどのtwitterアンケートを取ったとしても、同じく票が割れることになります。やってみなければ分かりませんが、そうなる可能性は高いのではないか思います。

これは面白いです。

もちろん、科学者の意見が一致しないのは珍しいことではありません。「言語は人間の脳に生得的か後天的か」など、何でもいいですが、専門家の間で意見の一致を見ていないトピックはたくさんあります。というかそちらのほうが普通でしょう。

ですが、思うに、量子力学のケースは次の2点で特殊です。

  • 理論が完成してから90年も経っているのに、まだ議論が収束していないこと
  • 「科学観」「実在観」といった、量子力学に留まらない、科学者個人の根幹をなす「価値観」を反映しているように見えること

だからこそ、意見がどう一致していないのか、それはなぜなのかについて、考えてみる価値があるように思います。

量子力学については、膨大な数の一般向け解説書が出版され、いまでも出続けています。でもそのわりには、上記のような「専門家たちの立場の違い」は、一般人には伝わってこない印象があります。一般人の量子力学像と専門家集団内でのそれとにはギャップがあると言え、しかも、そのギャップには、物理学の一分野を超える示唆がどうやら隠れていそうです。このような考えから、量子力学の解釈問題というのは「科学コミュニケーション」の課題として面白いのではないかと思うにいたりました。

なお、宇宙物理学者の佐藤文隆氏は、表現は若干違うものの似たようなことを著作のなかで述べています。私もその影響を受けています。とくに先月発売の『佐藤文隆先生の量子論』は、このブログを書こうと思うきっかけにもなりました。

 

さて、前口上だけで前編が終わってしまいました。

後編では、次のような流れで書いていく予定です。

  • 量子力学にはなぜ「解釈」が必要か。
  • 量子力学の解釈問題について、専門家たちはどう考えているか。
  • 量子力学の解釈問題について、どんな「科学コミュニケーション」の課題があるといえるか。

 

注:筆者の立場

重要な注意として、今回の記事は量子力学のそれぞれの「解釈」や「立場」の妥当性を評価しようというものではありません。また、私は量子力学の中身を正確に理解しているわけではないことも明記します。

やりたいのは、あくまで「量子力学について専門家が何と言っているか」を、素人の立場から眺めること。そして、ときに相反する主張を突き合わせることで素人として受ける印象を整理することです。そこから、どんな量子力学にまつわる「科学コミュニケーション」がなされると嬉しいかについて、いち物理ファンとして、何か言えるとよいかなと思っています。