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読書メモなど

読書メモ(再掲):The Myth of Mirror Neurons (by Gregory Hickok)

 

The Myth of Mirror Neurons: The Real Neuroscience of Communication and Cognition

The Myth of Mirror Neurons: The Real Neuroscience of Communication and Cognition

 

 2014年に読んだこの本。著者のツイートによると、最近、立て続けにポーランド語版と中国語版が出たようです。

 

 

相次いで翻訳版が出ていることは、「ミラーニューロン」概念に対する批判的な見方が一般的になってきたことを示しているのでしょうか。日本語版が出る予定があるのかはわかりませんが、日本でもこうした議論が広まると面白いのではないかと思います。以下、前のブログに書いた感想を載せておきます。

 

 

*2014年9月のブログ記事を再掲

The Myth of Mirror Neurons 読了.

ミラーニューロン神話」というタイトルだが,ミラーニューロンを全否定する本ではなかった.ミラーニューロンは確かに「ある」し,脳を理解するうえでの重要な手がかりともなりうる.ただし,ミラーニューロンの機能についての拡大しすぎた解釈には問題がある.本書での著者の立場は,大体そんな感じだったように思う.

著者は,脳の発話や言語処理の専門家.はじめは遠くからミラーニューロンブームを見ていたのだが,次第に自分の専門である「言語」にもミラーニューロン理論が入り込んでくるようになり,段々と無視できない存在になってきたという.そこで,過去の文献を調査し,分かったことをブログに書き始めるなどしていたところ,「ミラーニューロンってなんか釈然としないな」という漠然とした疑問は,次第にミラーニューロンの通念は間違っているという確信になった.それが本書に結実した,ということらしい.

ただ,最終章で,

This book isn't just a barn-kicking excersise. 

(これは単に理論をぶち壊すだけのための本じゃない.)

とあるように,必ずしもミラーニューロンの研究成果や考え方を否定してはいない.ミラーニューロンにまつわる実験について冷静にレビューして,そこから何が言えて何がいえないのかをしっかり考えた本だった.

 

【内容】

1章

ミラーニューロン理論の基になっているのは,1992年にイタリア・パルマ大学のグループによって偶然に発見されたある一つの現象である.すなわち,サルが何かの行動をするときに発火するニューロンが,同じ行動を他者をするのを見ただけでも発火する.1996年には,同グループにより実験結果が再現されるとともに,この現象を示す細胞が「ミラーニューロン」と命名される.

2章
ラマチャンドラン氏がミラーニューロンを「DNAに匹敵する大発見」と表現するなど,ミラーニューロン理論は一躍,注目を集める.ミラーニューロンはマカクザルの「F5」という部位に見つかったのだが,それは,ヒトでいうと言語をつかさどるブローカ野に相当する.そこから,心理学や精神医学におよぶ「理論」に発展する.それは,ミラーニューロンは,人が他人を心を理解する能力(心の理論)や,言語の獲得のメカニズムのカギになっているのではないかというもの.自閉症の原因がミラーニューロンが正常に働いていないことにあるのではないかなど,具体的な症状や病気についての仮説も多く生まれる.

3章
ヒトにもミラーニューロンがあるらしいということが分かってくる.2009年にはfMRI habituation experimentという手法を使った実験によって,ヒトにもマカクザルと同じ意味でのミラーシステムがあるという,割と直接的な証拠が見つかった(実験の手法が異なりニューロンレベルでは確かめられていないため,「システム」という言葉が使われる).ただ,著者に言わせれば,他人の行動に応じて自分の行動を決める人間の脳に,なんらかの 「ミラーシステム」にあるのは論理的に当たり前.問題は,むしろ「ミラーシステムはなにをしているのか」という,解釈の部分にある.

4章
ミラーニューロンは行動の”理解”するためのメカニズムである」というミラーニューロン理論には,それと寄り添わない「アノマリー」が事象がいくつもある.例えば,

  • 発話の理解には,発話能力は必要ないことが知られている
  • メビウス症候群という表情を作れない症状をもつ人も,他人の表情を読み取ることができる
  • ミラーシステムは可塑性がある.
  • ミラーニューロンが「理解」をつかさどるとすると,これまで知られてきた脳の解剖学的な機能区分と齟齬をきたす

など.これらのアノマリーは,どれもミラーニューロン理論を捨て去る決定打にはならないものの,これだけ多いとなれば,別理論を考えたほうがいいのではないか.

5章
言語の獲得にミラーニューロンが役割を果たしているという仮説がある.これは,50年以上前に流行った"the motor theory of speech perception"という理論と深い関係がある.1980年代にはmotor theoryは否定されたにも関わらず,2000年代に復活.しかし,発話の理解に運動機能は必要ないことは証明されている.

6章
ミラーニューロン仮説の背後には「身体化された認知(embodied cognition)」という,流行のアイディアがある.心理学の流れを振り返ると,まず行動主義があり,それに対するアンチテーゼとして,「計算論的な心の理論」(あるいは「情報処理」モデル)が出てくる."embodied cognition"の考え方が出てきたのは,素朴な「情報処理モデル」が前提とする,脳が感覚入力→高次の情報処理→運動出力という3段階の構造になっているというモデルに合わない事実が明らかになってきたからだった.そのような3段階の構造は,"classical sandwich conception of the mind"として,悪役に仕立てられた.しかし,著者に言わせれば,「身体化された認知」は,単に抽象的な概念が「感覚」や「運動」と切り離せないことを明らかにしただけで,本質的に「情報処理モデル」と対立するものではない.

7章
ミラーニューロンが「理解のメカニズムである」という説が怪しいとすると,本当の「理解」はどこで起こっているのか.ミラーニューロン理論より良いモデルは作れるか.著者のよりどころとなるのは,脳が持つ階層的な構造と,「”なに”経路」と「”どうやって”経路」の2経路に分けて脳が計算タスクを二つに分けて処理している,という事実である.そこから,著者が"hybrid, hierarchical model of conceptual representation"と呼ぶ情報処理の機構を提示する.

8章
ミラーニューロンは本当は何をしているのか.主流のミラーニューロン理論によると,ミラーニューロンは模倣(イミテーション)を可能にし,模倣は相手の心を理解する(=「心の理論」)ことの第一歩だとされる.しかし,著者の意見では,それは論理的誤りである.イミテーションは意外と難しい.ミラーニューロンをもつマカクザルは実は模倣しない.つまり,ミラーニューロンだけではイミテーションできない.Cecilia Heyesという心理学者の説では,ミラーニューロンの持つ性質は,純粋な連合学習によってつくられる.つまり,自分の行動とその視覚との結びつけで形成されるというのだ.著者の解釈も「古典的な条件づけ」というもの.また,パルマの実験では,ミラーニューロンの中には実はミラーしていないニューロンもあった.むしろ「観察した行動」に応じた「自分の行動」をするようなニューロンの活動も見られた.初期の段階で,それらの「鏡になってない」ミラーニューロンにはじめから注目していたら,違う理論が構築されてきたんじゃないか,と著者は指摘する.

9章
自閉症ミラーニューロンを結びつけた「壊れた鏡」理論は,今では否定的な研究者も多い.著者の考えでは,自閉症は何かの欠如ではなく,何かの過剰によって引き起こされると考えたほうが良い.

10章
ミラーニューロンの活動が「行動の理解」に他ならないとする理論は,説明力をもたない.パルマ大学のメンバーを始め,多くの研究者がミラーニューロンalternativeな理論を作っている.つまり,ミラーニューロンから「理解」の機能を除外した見方が増えてきている.一例として,ミラーニューロンの役割はpredictionに関わるのではないか,などと考えられている.

理論的流行は振り子のように振れている.計算論的な理論から,身体化された脳へ.
振り子が振れること自体は肯定的にとらえるべきだ,と著者は言う.今後の見通しを以下のように述べている.

I predict that mirror neurons will eventually be fully incorporated into a broad class of sensorimotor cells that participate in controlling action using a variety of sensory inputs and through a hierarchy of circuits.

いろいろなことが分かってくるにつれ,ミラーニューロンは大きな理論の一部に収まり,やがて,ミラーニューロンの特別扱いは終わるのではないか,ということなのだろう.そして,いまの脳科学の段階では,脳の中にどんなに驚くべき細胞が見つかったとしても,それは大きな機構の一部の「影」にすぎなくて,そうやすやすと細胞生物学におけるDNAのような「機構の核心部」に突き当たることはないのだろうと思う.