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読書メモなど

読書メモ:幸福はなぜ哲学の問題になるのか(青山拓央 著)

 

幸福はなぜ哲学の問題になるのか (homo viator)

幸福はなぜ哲学の問題になるのか (homo viator)

 

「私はいま幸せです」と誰かが言うのを聞くと、なぜか少しだけ背筋が寒くなる。結婚した人に向けられる「お幸せに」という祝辞に、どことなく違和感を覚える。

この本を読むにあたってあらためて「幸福」について考えてみて、自分が「幸福」や「幸せ」という言葉に対してあまり良いイメージを持っていなかったことに気づいた。「求めても無駄ではないか」とか「人それぞれではないか」と思ってしまうからだろう。だから「幸せになるにはどうすればいいか」を考えるのが無駄に思えてしまうし、人の幸せを口に出して願うことも空虚に感じてしまう。

でも、だからと言って、「幸福」という概念と無縁に生きていけるかというと、そうでもなさそうだ。たとえば、年が明ければ僕は「今年の目標」を立てるだろう。今年は○○を勉強しようとか、○○へ旅行に行こうとか、今年こそは心機一転○○してみようとか。それは何のための目標なのかといえば、少しでもスキルを身に着けて職を失う心配を減らしたり、休暇で満足感を得るためだったりするだろう。じゃあ、何のためにキャリアアップや満足感なのか、とさらに自問したとき、「幸せのため」という言葉が脳裏にちらつかざるを得ない。つまり、結局のところ、幸福は自分の意思決定にいつも絡んでいる。にもかかわらず、「幸せ」は、ことさら求めても得られそうもないし、そもそも何がそれなのか良くわからないという、厄介なものに思えてくる。

 

幸福とはいったい何なのか。

哲学者が、哲学(主として分析哲学のアプローチ)を使って幸福について考えるとどうなるのかを、哲学を専門としない読者に向けて懇切丁寧に書いたのが、本書『幸福はなぜ哲学の問題になるのか』だ。

 

とても丁寧に書かれた本だと感じた。と同時に、かなり変わった本、という印象を受けた。

各章は(ややプロ向けの6章の後半と7章を除いて)わかりやすいし、納得しながら読み進められるのだが、章の順番で議論が積みあがっていかないので、ときどき何の話をしているのかがわからなくなってしまうことがあった。また、各章でもレベルの異なる議論が埋め込まれていることで複雑になっている。勝手な解釈では、この本に書かれている内容には、3つのレベルがある。 

  • 「幸福とは何か/どうすれば幸福になれるか」を語っている箇所
  • 「幸福はどういう概念か」を分析している箇所
  • 「幸福概念について分析することにどんな意義があるか」を論じている箇所

本書はこの3種類の記述を行ったりきたりしながら、幸福について語っているように僕には読めた。そのため、読者はこの本を(1)哲学的考察を経由した人生論(どう生きる「べき」かのアドバイス)として読むこともできるし、(2)幸福を分析哲学で分析したらどうなるかの入門書としても読めるし、(3)さらに高いレイヤーからこの本を味わうこともできるようになっている。(最初は、このような構造があることがわからずやや戸惑った。再読してみて、こんな重層構造があるからこそ、何度でも読み返す価値のある本になっていると感じた。)

最後の「さらに高いレイヤー」がどんなものなのかについて、なかなか難しいけれどもメモを試みたい。

本書が教えてくれるもっとも高いレベルの教訓は、幸福について語らなければならない自分たちの限界、とでもいうような構造に対する気づきだ。幸福という概念にレンズを当てて倍率を上げて見てみると、一つの概念と思っていたものがぼやっと幅をもっていることがわかってくる。幸福とは「AでもBでもCでもあり、そのどれか一つでもなければ、その全体でもない」としか言いようのない仕方でしか規定できない。そのうえ、だったら「A」や「B」や「C」を採用して「幸福」という概念を捨ててしまっていいかいうと、そうもなっておらず、幸福という概念は人間が言葉を使って社会を営んでいる限り必要な概念であることも見えてくる。僕らの社会やコミュニケーションや人生の選択は、実はそんな儚い土台の上に、成り立っていることが明らかになる。

そうした気づきを与えてくれる本として読むのが、三つ目のレベルの本書の読み方と僕が感じたものだ。(まるっきり抽象的な説明になってしまったので、具体的中身についてはぜひ読んでみてください。)

 

僕個人は、本書で幸福概念の分析を見せられて、世界の秘密の一つに触れたような感覚を得た。これがすごいことだと思う。普通、幸福や不幸を語るには人生経験が必要だと思われている。人生の酸いも甘いもかみ分けた先達の言葉からこそ、幸福や不幸について学べるのだと。でも、哲学は別の仕方で、つまり「理屈」だけで、今まで見えていなかった構造が見える地点まで連れて行ってくれる。まさに哲学の本領を見せられた思いだ。(しかし念のために言っておくと、本書は著者一個人の人生経験を経てこそ書かれたと思えるところ多くある。それがまたこの本を一筋縄ではいかなくしている。)

 

本書を読んでも、もちろん「幸福」にまつわる何らかの人生の悩みが解決するわけではない。でも、「幸福」という言葉に対して感じた薄ら寒さが、少し緩和されたような気はしている。