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読書メモなど

読書メモ:The Relativistic Brain (by M. Nicholelis & R. Cicurel)

 

The Relativistic Brain: How it works and why it cannot be simulated by a Turing machine (English Edition)

The Relativistic Brain: How it works and why it cannot be simulated by a Turing machine (English Edition)

 

ブラジル人の神経科学者ミゲル・ニコレリスと、(フランス系?)エジプト人の数学者Ronald Cicurel(読み方が分からない)の共著で書かれた、100ページくらいの小さな本。Kindle版が182円だったので買って読んでみた。

中身は、脳科学の啓蒙書というよりも、むしろ長いオピニオン論文のような内容だった。二人で議論して学説をつくったものの、論文にするにはまだspeculativeな段階なので、先に書籍として出して世に問うことにした、ということなのではないかと想像する。

この本の主張はざっくりいうと次の二つだった。

  • 一つは、“Relativistic Brain Theory”と著者らが呼ぶ新理論。それによれば、脳の情報処理は、ニューロン集団の発火活動による「デジタル計算」の部分と、それをとりまく神経電磁場による「アナログ計算」のハイブリッドで行われている。
  • 二つ目は、脳はコンピュータでシミュレートすることはできないという主張。デジタルコンピュータ(=チューリングマシン)は、動物の脳には決して及ばない。したがって、強いAIもシンギュラリティも実現しない。

本の構成としては、前半で“Relativistic Brain Theory”について説明し、その後、なぜ「なぜ脳はコンピュータでシミュレートできないか」の議論に数章を割いている。前半に関しては、動物実験・人間の精神疾患など、割と生物学的な話が自説の論拠として挙げられているのに対し、後半の議論では、計算可能性など計算論や科学哲学的な議論がメインとなっている。

この本で提唱されている「理論」がどれくらい信憑性があるのかは分からないし、数学・哲学的議論の論理的妥当性も、ちょっと怪しいのでは、と思うところもあった。著者らの説の核心となる「神経電磁波」にしても、現時点ではそれは測定可能ですらなく、たんに「そういうものがあるはずだ」という推測をしているに留まっている。そうした点にも、やや不満が残った。

一方、「この二人の著者が、こんなことを言い始めるにいたったという事実」が面白いと思った。

ニコレリスは、ブレイン・マシン・インターフェースの第一人者で、動物や人の脳から神経活動を読み取り、それでコンピュータを操作したり義足を動かしたりする研究で有名な研究者だ(彼のBMIの研究については、前著『越境する脳』に詳しく書かかれている)。そうした研究経歴からは、脳の「グランド・セオリー」を打ち立てるようなタイプには一見思えない。

もう一人のCicurelは、もともと欧州の(今では悪名高い)ブルー・ブレイン・プロジェクトに加わっていたらしく、つまり本書で批判の的になっている「脳をシミュレートする」プロジェクトのさなかにいた人物だ。途中で同プロジェクトのコンセプトに疑念を抱いて離脱したという経緯らしい。

こうした著者らの経歴を合わせて考えると、この本が書かれたモチベーションには、

  • 神経活動のデコーディングの大家(ニコレリス)から見た、「ニューロン活動がすべて」という見方への疑念
  • 数学者(Cicurel)から見た、「全脳シミュレーション」の方法論的整合性への疑念

の二つがあったのではないかと思う。その答えが「脳内電磁場」にあるかどうかはともかく、問題意識や考え方の筋道には、学ぶべきことが多いのではないだろうか。