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読書メモなど

読書メモ:人工知能と経済の未来(井上智洋 著)

 

人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊 (文春新書 1091)
 

ここ数年AIブームで出てきた二つの懸念、つまり

  • 人工知能が高度になりすぎて、制御不能になってしまうのではないか?
  • 人間の労働の代替が進みすぎて、人が働く場所がなくなってしまうのではないか?

のうち、前者はどうやら非現実的であり、本当に心配すベきなのは後者であるというのが、専門家のあいだでのおおかたの見方になってきているように思う。

人工知能が仕事を奪う」だなんて、5年前は誰もそんなこと言っていなかった。ところが、今では誰もそれを考えるようになった。小さな子どもが生まれたばかりの研究室の先輩は、先日お会いしたときに、「AIに代替されない職業につけるように育てたいね」と話していた。

自動運転車、セルフレジ、物流センターでのピッキングロボット。そういうのものたちの登場をみていると、たしかにAI技術(「知的ロボット技術」とか「オートメーション技術」のほうが正確かもしれないけど、敢えて「AI」・「人工知能」と言おう)は、人間の仕事を代替し始めている気がしてくる。しかし、これが労働市場といったものの全体にどういう影響を与えるのかになると、意見が分かれる。ヤバいという人もいれば、AI技術によってむしろ新しい職業が生まれるから大丈夫だという人もいる。

ここから先、そのどちらが正しいかを考えるには、自分の直観に頼っていてはダメで、技術進歩についての確かな予測とマクロ経済学の知識が必要になる。

本書は、経済学の立場から「AIは仕事を奪うのか」問題を解説した、僕の知るかぎり初の和書だ。著者は「技術的失業」をテーマに研究してきた若手の経済学者。この問題に目をつけている人はほとんどいなかったころ、大学院の研究テーマとして「技術的失業」を選んだそう。先見の明の持ち主だと思う。

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本書の結論を大まかに言うと、「AIは雇用を奪うし、実際に職につけない人は増えるし、格差を広げる」というもの。本の帯に大きく書かれているように、「2045年ころには、全人口の1割ほどしか働いていない可能性がある」との見通しを述べている。一部のマネジメント・クリエイティブ系の職業と、対人サービスの職業は残るけれども、それ以外はAIが担うようになる。そして、AIを使って資本を再生産できる一部の階層と、それ以外の職につけない貧困層に社会が分離する。

なるほど、と思ったのは、AI技術のうち、労働経済に与える影響がこれまでの技術革新と同列に分析できる部分(=特化型の人工知能技術)と、これまでとは質的に異なる部分(=汎用人工知能)を分けて議論していることで、著者は便宜的に両者の境目を「2030年」に設定している。

「1割しか仕事につけない」という未来予測について、どんな根拠があるのか気になると思うが、実はその根拠が詳しく書かれているわけではない。統計データや数理モデルによる実証的な分析はされていない。むしろ本書は、「AIは仕事を奪うか」問題を考えるのに必要な、マクロ経済学のさまざまな概念、たとえば「技術的失業」「大分岐理論」「汎用目的技術」といった概念が平易に解説されている点に価値があると思う。

暗澹たる未来予測だけではなくて、本書ではその処方箋も示されている。それが本書の第二のテーマである「ベーシック・インカム(BI)」論。

AI技術によって経済全体での成長と人々の収入が連動しなくなる。そうした社会では、条件なしに一律ですべての国民に現金を配る「BI」が最もよい再分配政策であることを、分かりやすく解説している。「AIについての未来予測」が外れたとしても、著者はBIが優れた政策だと考えるとのことで、AIと切り離したBI自体の解説もちゃんとされている。面白いと思ったのは、「AIは雇用を奪うか」問題というのは、むしろBI推進論にとって強力な追い風になっている構図が見て取れたことだった。

とってもわかりやすく書かれた本なので、このテーマに少しでも関心のある人には強くオススメしたい。

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最後に、自分の想像力の範囲で、本書のシナリオが実現したときにどうなっているかを考えてみた。

たとえば2030年の出版業界。

ある人が、本を書きたいと思ったとする。

その著者は、書いた原稿を出版社にもっていかない。

そうではなく、アドビやマイクロソフトが提供する出版プラットフォームシステムを使う。

原稿をシステムに入力すると、内容のチェック、市場調査の結果から内容へのフィードバック、組版、装幀、その他もろもろのことを、自動的にやってくれる。

AIとの対話的な編集作業を経て校了になったら、それをそのままKindleで売ってもいいし、紙の本が作りたければ無人印刷所へ送る。そうすると、誰もいない印刷所で印刷・製本マシンが稼働して本が完成し、Amazonの物流センターへ納品される(無人トラックで)。

本の原価は、著者持ち出しの資材費と、出版プラットフォームの利用料、そして著者自身の印税だけで済むので、いまなら2000円くらいで売られている本は、500円くらいで売れるようになるかもしれない。

そして失業した編集者たちは、ベーシック・インカムの中から捻出して500円の本を買って読んで楽しく暮らす…。

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こんな「無人化した出版産業」は容易に想像できてしまうのが怖い。果たしてこんな未来は幸せかどうか。この本の「あとがき」では、著者の考えが少し書かれていて面白かった。