What Kind of Creatures Are We? (Columbia Themes in Philosophy)
- 作者: Noam Chomsky
- 出版社/メーカー: Columbia Univ Pr
- 発売日: 2015/12/15
- メディア: ハードカバー
- この商品を含むブログを見る
チョムスキーの新刊を読んでみた。袖の紹介文には“written in clear, precise and nontechnical language”とあるが、これは僕からすると誇大広告で、決して読みやすい本ではなかった。話があっちこっち飛ぶし、重複もあるし、著者がチョムスキーじゃなければ成立しえなかった企画のように思えた。英語読解が難しいこともあり、暗号を読み解くような読書になってしまった。
言語学の第一人者でありながら政治へのコミットでも知れられるチョムスキーだが、彼がやりたいのは「我々はいかなる生き物か」つまり「人間とは何か」を明らかにするということだという。この本は、チョムスキーの学術的貢献や政治的立場が、その大目標に対してどう位置づけられるのかを説明するというコンセプトのもとに一応はまとめられている。第1章「言語とは何か」では、現代の文法理論の簡単な解説と、言語の起源問題についての著者の見解を述べている。第2章「人間を何を理解できるか」では人間の認知能力に焦点を当て、そもそも科学とは何かというような論考をしている。第3章「人間にとって共通の善とはなにか」では話は一転し、理想的な政治形態は何かというような話をしている。第4章は第2章の焼き直しのような内容となっている(ゆえに位置づけが不明確だった)。1、2章と3章の間にもっと有機的なつながりがあることを期待したし(言語学の知見が、政治思想にどのように影響を与えているのか?)、また本書をもって「人間とはいかなる生き物か」に対する答えとするには、話が個別の話題にフォーカスしすぎているような気がした。
ただ、興味深かったのは、チョムスキーが「言語理論をつくる」というようなことをどう捉えているかが垣間見えたことだった。今の進化言語学などの分野では、「進化論をもとに言語の成立を説明する」ことが目指されているが、チョムスキーはそれにはアンチの立場をとっている(人間以外の生物の「言語」と人間の言語には、進化論で説明できる以上の深いギャップがある)。彼が本書で繰り返し強調している(ように僕には読めた)のは、ナイーブに「既知のA(進化論)で未知のB(言語の起源)を説明する」という図式でのみ科学は進行するのではなく、「Bを人間が理解する」こと自体を問い、ときにはAを作り変えなければならないことがある、ということだった。本書では、ニュートンが重力理論を作ったときのことが繰り返し例として挙げられている。ニュートンの重力理論では「重力という遠隔力」が説明されるべきものから第一原理に身分を変えたが、こうしたことが「言語の起源」あるいは「心脳問題」のような今日のテーマにおいても起こっても良いのではないかと提起している。第4章なのではこの点にかなりのページが割かれており、しかも面白かったので、こちら(科学史・科学哲学的な視点からの言語理論)を軸にした本にしても良かったのではないかと思った。