重ね描き日記(rmaruy_blogあらため)

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読書メモ:家族の哲学(坂口恭平)

 

家族の哲学

家族の哲学

 

 

著者のことを何も知らずに,装丁に惹かれて書店で手にとったこの小説.

鬱病に悩む主人公「恭平」とその家族のやりとりの場面から始まるのだが,開始数ページで様子がおかしさを感じた.病んでいる主人公の思考が,リアルで鬼気迫っていて,なんだか創作とは思えなかったからだ.

著者について知りたくなった.ちょうど「ラジオ版学問のススメ」で著者がインタビューされていたので,小説を読み進める前にそちらを先に聞いてみた.

www.jfn.jp

かなり面白いインタビューなので聞いてみてほしい.坂口さん自身,双極性障害と診断されており,小説に出てくる「恭平」は著者自身で,家族も実際の家族だということだった.

ますます著者に興味をもち,昨年出ている新書を読んでみた.

現実脱出論 (講談社現代新書)

現実脱出論 (講談社現代新書)

 

「現実」に息苦しさを感じている著者が,「現実とは何か」を考え抜いた思索の過程と,その末に編み出した「現実とうまく距離をとるための方法論」を提示している.

ちょっと本の話からはずれてしまうかもしれないが,この本に書かれているような,「現実」から疎外されている感覚は僕もすごくよく理解できた.周りの人々が,僕の知らないところで「常識」という決まりごとをつくり,読まなければいけない「空気」を形成し,自分はそこに入っていけない感覚は常につきまとってきた.僕の妻がたまに言う「あの人は絶対に友達になれないタイプ」という人の断じ方や,あるいは妹が確か中学生のときに使っていた「あっち系」というクラスメイトの括り方.そうした表現に触れるにつけ,そうした「マジョリティーとしての視点」 を持てることに嫉妬を覚えつつも,自分もそうして他人から断じられる側にいるのだろうかと恐くなった.同じく,「スピリチュアル」「新興宗教」「精神病」「意識高い系」「コミュニケーション障害」などなど,「正常な僕らとは違う彼ら」をくくる言葉に触れるにつけ,萎縮してしまうところがある.また,「彼ら」の「現実的な思考」が決して「一番大事なこと」に触れていないのではないかという不満も,本書に共感できたポイントの一つだった.大学生にとっての「いかに楽に単位をとるか」,研究者にとっての「いかに論文や研究費申請を通してポジションを確保するか」,会社人にとっての「いかに波風を立てずに業務を遂行するか」.そういうことには正直まったく興味がもてないが,そうした集団の「リアル」からはみ出すことを言ったりすると,白い目で見られるのが怖くて避けてきた.

意訳になってしまったかもしれないけれど,この本で書かれている「現実への違和感」を,自分の経験にひきつけて上記のように読んだ.けれど,著者が感じている現実との折り合いの悪さは,僕などの比ではなく激しい.だからこそ徹底的に考えている.実践的なアドバイスとして,たとえば「人がいない時間帯に街を歩く」などを提案している.それによって,人々によって作られた世界の見方を強制されることなく,自分だけの「空間の捉え方」で世界を見る時間を確保できるという.

 

『現実脱出論』の後,『家族の哲学』へ戻った.欝状態で書いたというこの作品は,『現実脱出論』と比べて,めちゃくちゃ暗い.躁状態の自分に,冷ややかな水を浴びせる記述もあり,それが著者のその時点での本心であることも伝わってくる.とにかく絶望のなかであがいている.それでも,著者は生き延びている.それは,家族がいるおかげなのである.主人公にとって家族は「生命維持システム」となっている.家族を「使って」いかに生き延びるかというのが,この本のテーマになっている.そんなユニークな発想も,家族を空気のようなものとみなして軽視する「現実」への,まさにカウンターなのだろう.凄まじい作品だった.