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読書メモなど

聴講メモ:アラン・チューリングの銀河系-スマートニュースとたどる本棚への道草-

昨晩,スマートニュース社で行われたイベントに参加してきた.面白かったので感想を書いておく.

正直,どういう趣旨のイベントなのかよく分からず参加した.社内につくった「アラン・チューリングの本棚」を披露する会だと聞いていたのだが,会社の中に本棚をつくるとはどういうことなのか,それを公開してどうするのか,僕は何を見に行くのかなど謎だらけだったが,森田真生さんのお話を聞けるとのことだったので,それを目当てに行ってみることにした.

渋谷駅と原宿駅のあいだにあるオフィスビルの二階.シンプルな内装の開けたスペースに100名ほどの聴衆が集まり,2時間にわたるトークイベントが行われた.

まずはじめに鈴木健CEOからの趣旨説明.なぜ「チューリングの本棚」をつくったかが明かされた.鈴木さんいわく,会社が急成長して社員数も増えるなかで,社員たちにめまぐるしい技術の進化を追いかけるだけでなく,より普遍的なものを共有してほしかった.そこで,計算機科学の祖であるチューリングに着目し,彼にまつわる書籍を集めた本棚をつくることにしたのだという.森田真生さんを招いて数学史のレクチャーをしてもらったり,社員同士での読書会を開いたりしているらしい.

続いて,その森田さんが登壇した.チューリングが成し遂げたことや彼の生き様から学べることについての,短くも熱量のこもったトークだった.*1

その後,社員による勉強会の紹介や,本棚をデザインした小石祐介さんによるお話などが続いた.小石さんの話もユニークだった.「チューリングの本棚」というコンセプトそのものが十分魅力的だったので,最初は「コンセプトで十分.具体的な本棚を作りたくない」という思いに駆られたのだとか.それでもなんとか形にしようと考え,「抽象から具体に落とす途中で止める」ことを意識したことで,いまのデザインができたのだそうだ.

トークのあと,その本棚を見学した.ここに居座ってずっと本を読んでいられたら幸せだと思える,居心地のよい空間だった.選書もすばらしく,チューリングにまつわる伝記や論文集のほかに,数学・物理・哲学・言語学・計算機科学・神経科学の分野の古典の数々がおかれていた.どれも「世界を変えた」といっても過言でない書物ばかり.理系の本づくりに携わる身としては,この本棚にふさわしいような,時を超えて読まれるべき本をつくることに,果たしてこの先一度でも関わることができるのだろうかなどと考えて,心もとなくなったりもした.

会場には,鈴木CEOの先生に当たる池上高志教授が来ていて,最後のパネルディスカッションのときに「今回のチューリングの取り上げられ方は,自分はちょっと違うと思う」というスパイスの効いた発言が飛び出すなど,一筋縄ではいかない感のあるイベントでもあった(発言の趣旨は,チューリングの輝かしい業績ではなく「暗中模索したの生き様」にこそもっと着目すべきでは,というものだった.ただ,鈴木さんの返しも見事で,濃厚な師弟関係が垣間見える一幕だった).

***

帰りの電車のなかでいろいろと考えた.

スマートニュースという,今をときめくIT企業のオフィスの中に,アラン・チューリングの思想と人生が息づかせるということに,どんな意味があるだろうか.イベントで聞いた話をもとに,自分なりに解釈してみる.

昨今,「アルゴリズム」が人間の知的能力を代替しつつある.人間にしかできなかった認知的なタスクが,一つ一つ機械に置き換えられていくのが現代のトレンドだ.スマートニュース社自身が,ウェブ上のニュースを集め機械学習を駆使して選定するサービスを作ることで,「人々が欲しているニュースを選ぶ」という高度な認知課題はアルゴリズムで代替可能だということを証明している.

「人間の心は,結局は機械である」という受け入れがたい命題をめぐって,僕ら人間は今,勝ち目のない後退戦を強いられているかのようだ.人間の脳をニューラルネットをはじめとする機械学習に還元しようという議論をひどく粗雑なものと感じる反面,それに抗う論理を持ち合わせていないのが現実.

いつからこんなことが始まってしまったのか.

その起源を遡ってたどり着くのが,ほかでもないアラン・チューリングだ.もちろんそれ以前の哲学や科学の影響は受けてはいるだろうが,チューリングが構想した「思考する機械」や,それを実現するために用意した概念や道具立ての多くは彼の独創だ.心を機械に還元する試みは,チューリングから始まったのだといえる.

だから,僕などは,チューリングに「なんということをしてくれたのでしょうか.あなたが亡くなって60年以上たったいま,僕たちは,自分たちの存在を機械に矮小化されるという,ろくでもない気分を味わっていますよ」とも言いたくなる.

でも,チューリング自身はどう考えていたのか? 森田さんが昨晩教えてくれたことによれば,実は彼は「心は機械である」とも「機械ではない」とも言っていないのだ.

森田さんのトークの副題は,「たまねぎの皮を剥く」だった(正確な表現は違ったかもしれない).Peeling an onion.これは,チューリングが自身の研究を例えて使った表現だという.心をたまねぎに見立て,心を解明することを皮を一つずつ剥いていくことになぞらえる.たとえば,「計算」という知的能力を機械的操作に置き換えるべく,チューリングチューリングマシンというモデルを考案した.同様にチューリングは皮の剥き方,つまり「心を研究するとはどういうことか」という問題の定式化を,いくつも発明した人物だった.

たまねぎの皮を剥き終わったとき,そのたまねぎの中心には,皮ではない何か,つまり機械には代替不能な「心」が残るのか.それとも(野菜のたまねぎのように)すべてが「皮だった」ということに終わるのか.それはチューリング自身も分かっていなかったが,とにかく彼は剥き続けることを自分の使命にしていた.それが森田さんのお話の趣旨(の少なくとも一つ)だったように思う.

これからも,科学はたまねぎの皮を剥き続けるだろう.機械学習の専門家はアルゴリズムを進化させ続けるだろうし,神経科学者も,脳の機能を解剖学や生理学の言葉で記述し続けるだろう.ただし,自分がやっていることがたまねぎの皮剥きであるということ,その結末に「何があるかは分からない」という心構えが重要だ.そうした気持ちを忘れてしまったとき,僕らはたまねぎの皮を剥いているつもりで,どこにも進むことなく,ただただ「心の機械化」という負け戦に身を投じてしまうのかもしれない.

最先端の技術力を武器にグローバルにビジネスを広げる傍らで,「本棚」を持つことでそうしたチューリングの気持ちを大事にするスマートニュース社.ただならぬ企業だ.今後,「アルゴリズムを駆使して便利なサービスをつくる」という以上の何かを,成し遂げてくれることになるのだろうか.

*1:蛇足になるが,森田さんのトーク中にスマホをいじるなど明らかに聴いていない人がいたことにショックを受けた.生でしゃべっている森田さんの話に心揺さぶられない人がいるとは僕としては信じがたいことだったので,逆に「そういう人もいるのだな」と感心した.