重ね描き日記(rmaruy_blogあらため)

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読書メモ:本を読むときに何が起きているのか

 

本を読むときに何が起きているのか  ことばとビジュアルの間、目と頭の間

本を読むときに何が起きているのか  ことばとビジュアルの間、目と頭の間

 

「本を読むときに何が起きているのか」。

この質問に自分ならどう答えるか、考えてみる。

本を読むとき、まず、印刷された文字が目から入ってくる。文字の視覚情報は脳内で「文字記号」に変換される。それら文字記号の配列は、脳内の知識に照らして構文解析され、「意味」が抽出される。意味の連なりから「イメージ」が構成され意識に上る。その脳内イメージが意識に上ることがすなわち、本に書かれた内容を理解すること(=本を読むこと)である…。

最近「自然言語処理」の教科書を読んでいたこともあって、こんな理系チックな説明になった。しかしこの答え(「脳内のイメージ」や「意識に上る」などの意味するところのあやふやさに目を瞑ったとしても)なにかすごく足りない感じがする。たとえば、本には理解されるすべてが書いてあるわけじゃない。読書には想像力を駆使する、つまり「行間を読む」余地がある。また、同じ本でも、読む人によって読まれる内容が全然違うことがあるし、同じ本を自分で読み返す場合でも、2回目・3回目では印象ががらりと変わったりする。こうしたことは、「文字情報の知覚→自然言語処理」のモデルではまったく説明できない。

すらすら読める本もあれば、読むのに無限の時間がかかる本もある。つまらなかったのになぜか内容をよく覚えている本もあれば、読んだときは面白かったのに今となってはまったく思い出せない本がある。なぜそういうことが起こるのか。

読書という行為には、まだまだ得体の知れないところがある。本書『本を読むときに何が起きているのか』は、その「得体の知れなさ」をテーマとした書物である。著者は世界的に有名な装幀家だとのこと。文章に加えて、文字の配置・イラスト・フォントなどにより「読書するときに見える光景」が紙面上に視覚化されていて、それを眺めるだけでも楽しい。「テキストから受ける印象をビジュアルに変換すること」が装幀家の仕事だとしたら、本書はその才能が全ページに発揮されている贅沢な本だ。

筋道たてて論じるというよりは、著者のインスピレーションをそのまま書いているような文章のため、正直難しいところもあった。また、出てくる例が『アンナ・カレーニナ』だったり『ユリシーズ』だったりして(そうした古典の読書体験は、当然共有されているものとして書かれている)、それらの教養があればもう少し分かったかもしれない。でも、本書の要点、つまり「本が読めていることって、こんなに不思議でしょ?」という著者の問題提起は良く伝わってきた。それを考えるきっかけを与えてくれただけでも買った価値があったと思う。

本を書くこと・読むことを単なる「情報の伝達」とする考え方もあるだろう。書籍は「低予算で作れる反面、音声や映像に劣るメディア」だとみなす人さえいるかもしれない。でも、何となくでもそれだけじゃない気がする人には、本書は少なからず響くところがあると思う。

 

追記:この本はリブロ池袋店で買ったのだが、同店では現在本書のフェアが開催されていて、解説者の山本貴光さんによるブックガイドの小冊子がもらえた。こちらもおすすめ。